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身長百五十四センチは電車の中で立ち上がっていてもその場の平均身長より低い。高校の鞄を抱きかかえ、何とか座ったシートで、駅を乗り過ごさないようにとがんばっていても、どうしても眠ってしまう。野暮ったい紺のブレザーはすぐにどこの高校と分かるだろうが、それ以前に眼鏡をかけたぱっとしないミディアムな黒髪の成田ツムギを注目する人はいない。
そう。あの頃はまだ高校生だった。
周囲が進学に大学や専門学校を選ぶ中で、ツムギが望んだのは声優という職業だった。両親はせめて高校を卒業してから養成所に通った方がいいんじゃないかと暗に勧めてきたけれど、若さが武器なうちに使いたかったのもあり、学業と平行してレッスンも受けるという選択をした。
今ではそれが良かったのかどうか、分からない。
駅を出て慌ててバスに乗り込み、一息つく。声優の養成所は大半がそれぞれのプロダクションの下部組織のような位置づけにあり、二年や三年の入所期間内に素質を見極められ、所属するかどうかが決まる。他にもオーディションを受けて事務所に入ったり、中には入所中に大役を勝ち取ったりしてデビューに繋げてしまう人もいる。
けれど大半は夢破れ、元声優の肩書すら手に入れられずに社会のどこかに埋没してしまうのだ。
事務所に入ると大きな声で挨拶をする。レッスンスタジオが併設されているから、所属の大物声優も稀にだが、姿が見られることがある。ツムギは他の同期のようにオタク気質ではなかったから、顔を見ただけですらすらと呪文のようにどのアニメのどの役でどの決め台詞が良かっただの、そんな話はできなかったけれど、みんなの騒ぎ方で人気があるのかどうかはすぐに分かった。
この日訪れていたのは一見その辺りにいそうなサラリーマン然とした針元泰之だった。何だか声が掛けづらい雰囲気で、事務所の社長と小声で話している。
「何してんの?」
「あ、ううん」
同期の村井美保は対照的にいつもの明るさで声を掛けてきて、彼女に誘われるようにその場を離れてスタジオに入った。
二つ歳上の彼女はアルバイトとの掛け持ちで声優を目指しているそうだが、アニメーションだけでなく、舞台のオーディションにも参加して毎度「撃沈したぁ」と笑っている。本心ではきっと悔しいはずなのに、そういうところを見せない強さはツムギも尊敬していた。
針元先輩のことはその村井美保から聞いた。当時まだ高校二年だった彼はその年齢には似つかわしくない大人っぽい声で『傾国のダンディ』というアニメで準主役の大役を射止めた。多くの人気声優が出演する中でも引けを取らず、その年の新人賞も受賞した才能だった。けれど次の役が取れなかった。端役はいくつも回ってきたがどれも彼でなくてもいい、というものばかりで、まるで一発屋芸人のようにいつの間にか話題に上がらなくなった。
「でもいい声なのよね。あと十年がんばったらいい役者になると思う」
どの目線なのか知らないが村井さんはそう評価する。
でも何も芽が出ないまま十年という月日を耐えることが可能だろうか。自分に置き換えてみた時にツムギは感じる。無理だ、という気持ちを。
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