この景色をキミとみたいって言えよ

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 二月初旬 八時三十分。制服の上に黒のダッフルコートを着ていても寒い。 「やだ」  粉雪がちらついてきたグレー色の空を、忌々しく見上げているのは並木 咲(なみきさき)。  京都青葉高等学校の合格発表に向かう彼女は、ポケットに手を入れ、やや猫背になって坂道を登っていた。ゾロゾロ初詣に行くかのように坂道を登る集団は、合格発表を見に行く受験生と、記念すべき我が子の合格発表をリアル体感したい親たち。  坂を上がりきったところはベンチや花壇が設置されて学生の憩いの場が広がっている。そして、京都市内が一望できる最高の場所。  坂の下から学校の敷地になっているため、学校関係者以外は立ち入ることができない。  ここは、選ばれし者だけ味わうことができ、優越感に浸れる眺望だ。  この景色を毎日見ているうちに、織田信長のような天下人の気分になるのかもしれない。京都青葉高等学校は歴史が古く、ノーベル賞受賞者、文豪、有名医師、世界的俳優など多岐にわたって優秀な人材が卒業生に名を連ねている。 日本でも最高峰といってもいい進学校だ。  校章の剣を形取った錆びた鉄の門が、ギィーと軋みながらゆっくりと動き出した。 「押さないでください。前の人に続いてゆっくり歩いてきてください」  髪が雪で白くなっている学校職員が、拡声器で注意喚起している。粉雪が大粒の雪に変わっていた。  木立が茂る幅広い道を抜けると、映画の巨大看板のような掲示板が正面玄関前に鎮座している。そして、仰々しく校章が刺繍された燕脂色(えんじいろ)の布が掛けてあり合格者番号が見えないようになっている。  今どき珍しいが、この合格発表の仕方は創立当時から普遍的であり、受験生にとっても、京都青葉という栄光の階段を登る最初の儀式になっていた。 「おはようございます。学校長 中原 嘉明(なかはらよしあき)です。一月二十三日、二千二十三名が受験をされました。四百二十名合格です。それでは、二千十二年 京都青葉高等学校 合格者発表いたします」  学校長の挨拶と共に燕脂色の布が除幕された。  興奮気味な歓声と泣き声が入り混じるなか、並木 咲はギュッと受験票を握りしめた。 「咲、咲、すみません、ちょっと、ごめんなさい」  人混みをかき分けて名前を呼ぶのは、同級生の成田 遼馬(なりたりょうま)。 「はぁ、やっと咲に会えた」  咲は顔色変えず、無表情で遼馬を見つめた。遼馬は咲の視線に耐えられず、すぐ目をそらした。 「なに?」 「なにって、あいかわらず、失礼な奴やな。合格やろ、咲は」  野球部だった遼馬は、坊主頭が伸びかけて、ウニのようなツンツンヘアだが、目鼻立ちがはっきりして俗にいうイケメン。学内はもとより他校からもファンがいるほどの人気者だ。  だが、さわやかな顔でデリカシーに欠けることを言ってきた。 「落ちたよ」 「ええ、まじで、ウソ」 「遼馬は?」 「俺は……受かった」 「すごい、おめでとう」 「絶対に咲が落ちるわけない、何番?受験票貸して」  遼馬は咲の手から受験票を奪って、人混みに消えていった。  数分後、顔色が悪い遼馬が帰ってきた。咲は無言で受験票を受け取って、気まずい空気を変えようと 「遼馬は受かったんだから、あっ写真撮ろ。受験番号のとこ行こう」 「ええよ」 「もー意地張らない、ほらっ早く立って、人多いんだから」  遼馬は無愛想な顔をしている。 「笑ってよ、はいっスマイル」  遼馬は笑わなかった。  スマホに映る遼馬の顔に、咲は心の中で「さよなら」と言った。 「寒いね。はいっ合格者は校舎に行かないといけないんでしょ」  咲はスマホを渡しながら、遼馬を見上げた。 「じゃあね」 「咲……」  遼馬は帰ろうとする咲に自分のマフラーを首に巻いた。 「えっ、なに?もう、いいから」  咲がマフラーを取ろうとしたら 「しとけよ、お前、貧相で寒そうやから」 「遼馬っ、貧相って悪口やで」  遼馬はニマッて悪い顔をして雪の中を走って行った。咲も遼馬に背を向けて歩き出した。  立ち止まった遼馬は振り返って咲をずっと見つめていた。  その時から咲は僕の目の前から……消えた。    
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