今を守りたいから闘うのにな

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 普段のなんて事のない日常に思えたあれからいくつか過ぎた昼休み。いつものように屋上に集まっていたカンサとジンの元にハクが慌ただしく訪れた。 「ハク、取り合えず落ち着いて。お茶要る?」「いただきます!」  カンサが紙パックのお茶を差し出すと、ハクはカンサが持ったまんまのストローに銜えつくと、ズズーっと全てを飲み干していた。 「皆さん。大変な事が起きましたわよ。慌てなさい」  どんな時もユーモアは忘れないハクだった。これに呆れるのは落ち込んでいたジン。溜息を吐いて「だから、どうしたんだ?」と話を戻す。 「うん。うちのクラスの子がカンサの事を紹介してだって! これは恋愛の予感がする」  ルンルンと楽しそうにしているハクの横でカンサは戸惑って、そしてジンは「この子は犬か」と呟いていた。  そうしているとハクは振り返って階下に繋がる階段を眺める。そこには男の子が居て、ハクが手招きで呼んでいた。 「ちょっと、ハク。連れて来ちゃったの?」 「だって、紹介してって言われたから。取り合えず会わせないとって思って」  ひょうきんでのんきな顔をしているハクの向いで、カンサは難しい顔をして「ピュアなんだから」とハクに聞こえない様に呟いていた。 「キャプテンも居たんや。知り合い? ならこっちの方が頼みやすかったやん。まあ良いか」  若干の関西訛りの有る話し方をしている男の子が、ジンの顔を見てアチャーと言う顔をしていた。どうやらジンとは知り合いのようなので、カンサがジンの方に振り向くと、ハクも同調していた。 「こいつは野球部の投手だよ」  取り合えず聞きたいであろう関係を、とても簡単にジンが説明する。ところがハクが待っていたのはそんな事ではない。もっと詳しい事だった。 「と言う事で。君はカンサになんの用なんだい? 恋愛事なら協力せんでもないが、そうでないとなると、あたしゃ敵にもなるよ」  戸惑っているカンサなので取り合えずハクがその男の前に立ちはだかる。自分が連れた人間なのだが、ハクは昔っからこんな風なのだった。 「そやね。俺も敵にはなりとうない。もう一つの方なんやけど、わからん事が有るから聞いても良い?」  簡単にカンサの事が好きと宣言と同様の事を語っているが、それよりも疑問があるみたいで、カンサではなくて彼はハクの方を眺めていた。 「そー言う事ならあたしに聞きなさいな。カンサの事は一番あたしが知ってるんだ。因みにジンの事も詳しいよ」 「取り合えず仲が良いのは解るんやけどやな。なんで、そんなあだ名なん? 全員本名と関係あらへんやん」  彼の言う通りカンサもジンもハクでさえも本名とは全く違う。一文字も有ってない。それをこの場で聞いたら疑問に思うのは普通だろう。 「このニックネームはあたしが子供の頃に付けたんだ。由来は、予想してみな。解ったら褒めたる。なんなら君にも付けましょうかい?」 「そら、楽しそうやな。なんやハクちゃんは面白い子なんやな」  どうやらこの二人の話を聞いていると、普段はあまり関わりの無いように思える。もしかしたら同じ部活のジンの方が詳しいのじゃないかとカンサは思っていた。 「だったら、君の情報も含めて考えないとな。ジン教えて」  幼い子供が解らない事を親に聞くようにハクはちょっと甘えた顔をするが、これも一種の冗談なのだろうとジンはスルーをする。 「野球部、一応エース、野球留学、確か関西人、多分正直者、それでもちろんable-bodied」 「エイバル? なんやそれ? 悪口、じゃないよな」  ジンの最後の言葉に彼は理解不能だったので首を傾げていた。しかし、対するハクはつまらなそうに「じゃあエイバじゃんか」と簡単に命名してしまった。しかし、それは慣れた様子でもある。 「それで、エイバ? 他に知りたいことも有るん? お姉さんが答えちゃるよ」 「もうあだ名は決定なん。まあ、別に構わんけど。それで。俺はカンサちゃんに話が有んねん」 「そうだね。じゃあ、邪魔者は離れときますわよ。カンサ、ちゃんと話くらいは聞きなさい。そしてエイバは頑張りなさいな」  元々の目的を完全に見失っていたハクだったが、エイバの言葉でカンサを自分と入れ替わらさせる。そしてハクはジンの腕を引いて離れようとしたが「かまへんよ。仲良しなんやろ。なら聞いてくれて」とエイバが言うので、にたりとハクが振り返っていた。  当然こうなるとハクが遠慮をする訳もないので「だったら」と言いジンを捕まえたまんまその場に居座った。 「あの、カンサちゃん。良かったらなんやけど、俺と付き合わない?」  ストレートな告白にハクが観客席からガッツポーズをしている。けれど、当人のカンサは戸惑って「えーっと」なんて言いながらキョロキョロしていた。 「自分の思うように答えなよ。細かい事はもう考えなくても良いんじゃないか」  急に予想とは違った方からの援護砲が有る。ハクの好い加減な言葉ではなくて、ジンのちゃんとした応援だったのでカンサも頷いていた。 「私も時々応援の打つ合わせでエイバくんの事を見てました。よろしくお願いします」  吹奏楽部で部長のカンサと野球部キャプテンのジンは応援の事で事務連絡することも多い。その時にカンサはエイバを知っていたみたい。どうやらカンサはエイバに対して恋心を抱いていた様子で、それをジンが解っていたのか解らないが、ハクの言う気軽に付き合うことを実行していた。  そのカンサの言葉に喜んだのはエイバだけではない。ハクもカンサに飛びついて喜んでいた。その二人の様子にカンサはにこやかな笑顔を見せて、その笑みはエイバを見惚れさせていた。もちろんジンも微笑んでいる。  とは言えカンサも気軽にとは言うが取り合えず友達以上からの付き合いが理想だったので、その事をエイバと話してハクと野球部キャプテンのジンの圧力は別として、エイバの真面目さから簡単にオッケーとなっていた。  それからの日々はこれまでの三人からエイバも加えた四人の時間が増えていた。昼休みのお喋りタイムは一層賑やかに楽しく、ジンが話すこともエイバのおかげで増えていた。  恋人と言うより仲良し四人と言う付き合いのほうが強かったが、それはカンサが望んでいたことで、エイバからも文句の一つもなかった。  恋愛は普通になんて事もなく順調に進んでいた。
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