今を守りたいから闘うのにな

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「ちょっと! なんでエイバくんがこんなところに居るの?」  別にまだ警察とかに隔離されている訳でもないので、カンサは人垣からエイバの所まで走ると、その両肩を掴んで向かい合って怒っていた。 「俺、もう野球ができないんだ。肩に異常が見つかって。そんな時にこの呼びかけを見て、死にたくなった」  野球留学をする程の実力で、本人も野球が好き、そして期待も背負っていた。それなのにそんな野球が無くなってしまったらどん底に落ちたのだろう。それは周りで聞いていた人もエイバの想いは解る様だった。  けれど、カンサはそんな事を理解しようとはしなかった。 「そんな事くらいで死のうなんて考えないで! 生きたくても生きられない人だって居るんだよ!」 「カンサには解らないよ。俺にとって野球が有るのが生きる全てだったんだから」 「うん。全然わからない。野球なんてなくても生きられるじゃない。そんなのエイバくんのエゴだよ!」  ずっとカンサはエイバの肩を掴んで強い瞳で言葉を放っていた。そこにハクが近付いて「ちょいと落ち着きなよ」とカンサの腕をエイバから離させると、カンサはその瞬間から泣き始めた。 「エイバ。生きる事は尊いんだよ。その事くらいは解りな! そんで、今回自殺しようとした人みんな。ちょっとあたしらの事を聞いて」  続いてハクがエイバだけでなく広く見渡してその場にいた人間たちに話し始めた。 「あたしたち三人はあの病院に居た。療養移住者なんだ。幼いのに未来が霞む様な気分だった。そんなとこから生き永らえたサバイバーなんだ。あたしらは病気の名前で仲間を呼び合い闘って、まだ続いてる。解ってくれるかい? どうしてあたしらが命を重んじるのか。そんな人はこの街に他にも居るでしょ」  街の中心にある病院は、国内有数の小児専門病院。そこで治療を受けるために訪れた人間も多い。近所や学校にも普通に存在していた。そして三人もその一部だった。 「どーも、あたしはダメだね。どうしても余談が多くなる。だからカンサ。簡潔にお願い」  ハクが自分が演説するのは合わないので、カンサの背中をポンと叩いていた。  けれど、カンサは一度戸惑ってハクとジンの事を見た。ハクはニコニコとしてる。そしてジンは「カンサの言葉、まっすぐで聲も通るから」と励ましていた。  仲間に背中を押されてカンサは前を向いて深呼吸をした。 「私たちは地獄を見た。昨日笑ってた子が翌日には目覚めない。退院した子が戻って直ぐに亡くなる。親兄弟と会えるのを楽しみにしていた子が永遠の別れになる。夜中に痛い、怖いと泣き声が響いている。そんな世界に居た。みんなが死にたくないって願ってたんだ。明日を望んでいた。それが叶わなかった子がどれだけ居たことか。私たちみたいに今は平穏に暮らしてるのは少数派かもしれない」  静かでもちゃんと届く声でカンサが語っていた。威圧もしてない優しい話し方だけど、あたりは静かになっている。 「貴方たちはそんな子にどう言い訳をするの? 生きられなかった子になんて言うの? 私たち生きてる者は命を分け与えることなんてできない。だったら、生きるしかないんだ。辛くても、哀しくても、怖くても、必死になって生きる。酷い人生になったとしても、生きられない人も要るんだから生きるしかないの。それだけはお願いだから解って」  カンサのその言葉に集団自殺を図った人の中には涙を流している者も居た。誰も死ぬのは怖かったんだろう。  その時にカンサも涙を一粒落としていた。それは悲しみや怒りも有るが、昔の戦友を想っての涙でも有った。  シンと静まり返った現場に「あのさ」と言うエイバの声が聞こえた。 「俺が間違ってた。ゴメン。そんな事を知らなくて」  素直にエイバはカンサに向かってあたまを下げていた。それは本当に反省している雰囲気が有る。エイバは本当に真面目だから嘘なんかじゃないだろう。 「うん。間違ってた。けど、そう簡単に許せない。本当に理解するまで距離を置こう。エイバが解らないなら別れる」  頑固さをカンサは見せて、それだけを言うと、踵を返すとエイバの前から離れた。  そんなカンサをエイバは追えないで背中を眺めている。そこにハクが近寄ってエイバの肩を叩いた。 「あたしはカンサの敵になるんなら容赦しないって教えたでしょ。エイバとは争いたくないぞ」  その言葉だけを残してハクはカンサの所に向かうのでエイバは「俺はどうしたら」と地面に手をついてしまう。 「悪いことを悩むんじゃない。前を向くために考えろよ」  ジンも二人を追うがエイバにそんな言葉を残してた。 「まーったく! カンサは頑固なんだから。どうすんの? エイバと別れんのかい?」  事件現場から数十メートル離れると、完全にいつもの通りのハクに戻っていた。そして校舎の所まで辿り着くと、カンサが振り返ってハクに抱き着いた。涙を流して泣いている。 「別れたくない。エイバの事が好きなんだもん」 「そうだね。あいつは良い奴だから。あんなのはそうは居ないやね」  こんな時ばかりはお姉さんの雰囲気でハクはカンサを受け止めて話していた。 「ちゃんと間違いを正せるだろ。カンサが思う通りに」  ジンもハクに同意してカンサに優しい言葉を投げていた。これは嘘なんかじゃない。二人とも本当の事を語っている。
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