十話 前編

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十話 前編

 楽しい時ほど早く過ぎるものだ、という言葉を耳にしたことがあるだろう。正しくその通りに、いつの間にか月日は経ち、響介と律の夏休みは終わりを迎えようとしていた。  彼らは先日共に鑑賞したコンサート後の、ボレロのセッションを経てから、不思議と自然に距離を近づけるようになっていた。響介は律の家に、幾度も訪れては共に音楽を学んだ。そして時には響介の方が自宅のアパートに律を招き、勉強会と称して“伝説のロックバンド”のライブ映像を、泊まり込みで夜通し観たりした程だった。  成谷家がブルーレイどころかDVDですらなく、VHSのビデオデッキを使っていたことに、律は『生きた化石だ』と驚いた。寝る時もベッドではなく薄い敷布団に、それも一枚の狭さへ二人一緒に寝ることになったので、朝を迎える頃には律はすっかりくたくたになってしまった。  それでも友達の家に招かれるのが初めてだった律は、少々くたびれたものの、帰宅するのが名残惜しい程には勉強会を楽しんでいた。  余談だが、突然の品行方正な社長令息(律のことだ)の来訪に、響介の母は露骨に慌てふためいた。『御坊ちゃまにこんな汚い部屋を見せるなんて恥ずかしいじゃない!』などと言い、既に訪れている律を玄関先に待たせてまで掃除を始めようとした際には、響介は実の息子いえど呆れかけてしまった。  そんな彼ら二人の音楽性は、どちらかというと真逆に近い。しかしその相反する趣味は、むしろ互いの見聞を広めるのに大いに役立った。  響介は律の好きなクラシックやテクノ音楽を通じて、音楽基礎の造詣を深め、律は──画質も音質もひどいビデオ映像越しではあったものの──生演奏のロックとライブパフォーマンスの迫力や臨場感に心を打たれた。  ジャンルは違えど、音楽というものはいつだって人の心を揺さぶり、影響を与えるものなのだった。  そしてある日。響介はまるでもう日常茶飯事であるように、慣れ親しんだ椀田家へと訪れていた。椀田家の愛犬フォルテもすっかり彼の存在に馴染んだのか、自ら尻尾を振って響介にじゃれついてくるようになっていた。  その日の律は午前中に何やら用事があるらしく、午後まで不在になる予定だった。その間響介は自主的に律の音楽教材を借りて、彼の帰宅を待ちながら勉強をすることになっていた。遊ぼうとすり寄ってくるフォルテをやんわりといなしつつ、響介は目の前の教材に向き直った。  コード進行のルールを一から学ぶのは、なかなか骨が折れた。何しろ覚える量が多すぎる。その上ドミナんとかだの、ツーなんとかだの、コード進行の世界は響介の苦手なカタカナ言葉のオンパレードだった。  響介は必死に理解を深めようと集中しながら、要点をノートへ書き写し、アウトプットを重ねることで脳裏へと焼き付けようとした。  しかし座学が苦手な響介に、そんな行動は長続きするはずもなかった。すぐに疲れを感じ、気が散ってしまう。響介は律達が不在であるのを良いことに、気分転換という大義名分をぶら下げて、椀田家を一通り散策することにした。  豪勢な戸建ての邸宅で、律本人も、彼の家族も不在な中、現在の椀田家にはフォルテが一匹と、響介が一人しか居ないという状況だ。それは即ち、響介がそれだけ椀田一家から信頼されているという証なのだろう。  しかし当の響介はというと──勿論悪事を働くつもりは毛頭なかったが、他人の家を誰もいないのを良いことに、勝手に詮索するという行為に、背徳めいた高揚感を湧き上がらせていた。所詮は彼も、まだ高校一年生に過ぎない青い少年なのだ。  響介は、まるで冒険気分でリビングから順に家じゅうを観て周った。最新式の家電やいかにも高価そうな家具の重厚感に圧倒されながら、自宅のアパートの倍は広いであろう風呂場の浴槽を、頭から突っ込んで覗き込むなどの奇行を取りつつ、その後は日の光の差す洒落た雰囲気の吹き抜け階段を、感嘆しながら登っていった。  二階には確か、書斎やベランダがあると聞いていた。どちらも響介が今のアパートに越す前の、父と住んでいた頃の家には無かった部屋だ。  一体どんなものだろうと思いながら吹き抜け階段を登りきると、目の前に広々としたベランダへ続くガラス扉が広がった。響介は思わず誰も聞いていないにも関わらず、「おぉ!」と声を上げて驚いた。  続いて響介は書斎へと立ち寄った。律の部屋は驚くほど物がなく殺風景だったが、それもそのはずで、彼が使っていた音楽教材の類は殆どがこの書斎に保管されているのだという。  その中には律の父が仕事に使っている資料も置かれているらしいので、響介はそういったものからは視線を逸らしつつ、音楽に関係のありそうな書籍を探そうと目を凝らした。  ふとその中で、古そうな本が多く仕舞い込まれた、いかにも古風な雰囲気を放つ木製の棚が目に入った。響介はその焦茶色をした本棚の、深みのあるオーク材の情緒的な風情に心を惹かれたのか、気づけば本棚へと手を伸ばしていた。  棚に仕舞われている書籍は、どれも経年劣化と思われる薄茶色のシミが滲んでおり、見るからに年季の入っていそうなものばかりだった。どの本も背に触れるとカバーがざらついており、やはり古さを感じられる。しかし破れや埃はなく、大事に仕舞ってあることが伺えた。そしてその大抵は、響介の知らない作家の本が占めている。  中学時代は図書館に通い詰めて勉強をしていた響介は、本のことなら多少は自信があるつもりでいた。しかし、やはり上には上がいるものだ。この見知らぬ作家の本達は、律の趣味なのか、彼の父親の趣味のどちらなのだろうか。  いずれにせよ、椀田一家は家族ぐるみで博識らしい。ぼんやりそう考えつつ、本の背表紙をなぞりながら眺め続けていると、その中にふと見覚えのある名前を見かけ、響介は手を止めた。  宮沢賢治。確か、律と初めて放課後に挨拶を交わしたとき、彼が読んでいた“銀河鉄道の夜”の作者の名前だ。あの春の夕方のことなら、今でも鮮明に思い出せるほど印象強く残っている。響介はなんとなく惹きつけられたように感じ、不意にその本を手に取った。  表紙には“心象スケッチ 春と修羅”と書かれていた。表紙を開いてみると、ページがやや傷んでいたので、響介は一枚一枚慎重にめくっていった。心象スケッチと題されているが、その内容は詩集らしい。  宮沢賢治といえば、響介にとっては“雨ニモ負ケズ”や、“やまなし”や、“オツベルと象”のような、教科書によく載っているお馴染みの文豪という印象が強かった。しかし春と修羅に関しては、ページをめくれどもめくれども、初めて見る詩ばかりだった。賢治という人物は早死にだったと聞いていたが、彼は亡くなるまでに相当な数の作品を世に送り出したようだ。  ぱらぱらとページをめくり続け、響介の目にようやく既視感のある題名が目に入った。“永訣の朝”だ。この詩は教科書に載っていたから知っている。読み進めると、やはり見覚えのある、独特な表現の言葉遣いが続いていく。“(Ora Orade Shitori egumo)”だなんて、方言をわざわざローマ字に変えて、これは一体どんな意図だっただろうか。  中学の頃の授業に想いを馳せながら詞を読み進めていくと、唐突に見慣れない単語が目に入った。“兜率の天の食”と書かれている。確か授業でこの詩を習ったときは、ここは“天上のアイスクリーム”という表現だったはずだ。これも独特の言葉遣いだったので、よく覚えていた。  響介は改めて詞を読み返した。兜率の天の食──読めないはずのその言葉が、何故か響介の頭の中で、ある一つの記憶を掘り起こそうと働きかけてくるように感じた。響介は以前どこかで、この言葉を聞いた記憶があるのだ。  頭の中をめぐる雑音を、手探りするように遡っていくと、やがて近未来めいた電子の声が浮かんできた。 『私がいつか“トソツノテンノジキ”となり……』  いつだったか、聴いたことのある旋律が響介の記憶を呼び覚ました。目の前の詩の題名を今一度見て、彼は確信した。永訣。永訣の朝だ。ずっと響介の心に刺さっていた、あの小さな魚の骨だ。  あの日電子の世界で、中学生の作曲家が残した病魔のピアノは、数年の時を渡って響介の元へと届き──その後夕陽の差す放課後に、大海の革命となって、再び響介の元へと辿り着いていたのだ。律だ。あのピアノはやはり律だったのだ。朧げに考えていたことが、やっと確信になって繋がった。  響介は、書斎の侘びた空気が胸の底まで染み入るほど、深く息を吸い込んだ。そうして彼の脳裏を真っ先によぎったのは、『律のことをもっと知りたい』という想いだった。 「驚いたよ、まさか人の家を勝手に“探検”するなんて。フォルテもどうして止めなかったのかなあ」  スーツ姿で帰宅した律は、呆れた顔で一人と一匹を見下ろした。響介もフォルテも、いかにも申し訳なさそうに(こうべ)を垂れて、律の部屋のカーペットに並んで座っていた。  律は自分が帰ってくるなり、二階から響介が慌てて階段を降りてきたのを見て、まずは唖然とした。そして彼の手に“春と修羅”があるのを見つけると、さらにため息をついた。良くも悪くも正直者の響介は、彼が問い詰めるとすぐに経緯を説明して頭を下げたのだった。  響介を見つけたのが自分だったから良かったものの、これが父だったら彼はどうなっていただろうか。響介には、現代社会においてプライバシーがいかに重いものであるか、改めて説明する必要がありそうだ。  律が思わず再びため息をつくと、しょぼくれている響介の隣でおすわりをしているフォルテが、「くぅん」と鳴いた。二人揃ってあんまり悲しげな顔をしているので、律はようやく頬を緩めてみせた。 「ふふ。もういいよ、響介、フォルテ。とりあえず本は元の場所に戻してこよう」 「ごめん、律。ありがとう」  響介が安堵して顔を上げると、フォルテも揃って顔を上げた。二人は立ち上がるタイミングまで綺麗に一緒だったので、律は一転して笑いを堪えることになってしまった。 「それで、どうして春と修羅だったの?」  本を書斎に戻してから、律は改めて響介に尋ねた。響介は何から説明しようか迷って暫く考え込んだが、やはり単刀直入に聞こうと思い切った。 「詩を読んでたんだよ。その中に一個、気になる表現があってさ」  律の方も何かを察したらしい。はっと見開かれた暗灰色の瞳を見つめ、響介は真摯に尋ねた。 「なぁ律。もしかして──」  防音室が置かれている部屋のパソコンとシンセサイザーは、暫く使われていなかったため少々埃が被ってしまっていた。律と響介は二人掛かりで拭き掃除をすると、パソコンの電源を入れた。 「これだよ」  パソコンの起動を終えると、律は作曲ソフトと楽曲のデータを開いてみせた。いくつかの横棒が画面に並んでおり、その一つ一つが音の高さや長さを表しているらしい。  初めて見るDTMソフトウェアを、響介が物珍しそうに眺めていると、隣の律は「本当はね」と俯き加減に呟いた。 「このデータも、投稿したアカウントも、消してしまおうかと思ってたんだ。けど、できなかった」  二年前、遺作として永訣を書き上げた後の自分の心境を思い出し、律は目を伏せた。遺作だなんて銘打っておいて、結局自分は音楽の世界への未練を諦めきれなかったのだ。悲しげにそう言う彼に、響介は思わず食い気味に答えた。 「消さなくて良かったよ」  律が顔を上げると、響介は切迫した様子で話を続けた。金色の瞳は爛々と光をたたえていた。 「律。前に俺に『“君には”才能がある』って言ってくれたじゃないか。この前だって、『僕なんか』とか言って謙遜してたけど……けど、そんなの違うだろ」  響介は自身の胸に手を当てた。熱い想いが心臓に込み上げるのを、押さえつけるようにシャツをぎゅっと握った。 「俺だって、律の音楽に惹かれたんだ! 律の音楽は、律自身が思うよりずっと価値があるんだ。俺も律の音楽に、全部を賭けたいくらいなんだよ!」  晴れやかに笑顔を見せてそう宣言する響介に、律は却って心が張り詰めていくのを感じた。  喉元にまで込み上げる切なさを飲み込んで、無意識に潤む目を袖で拭いながら、律はただ小さく頷くのだった。  午後はそれぞれ楽器の練習をしながら、二人は今後の展望について語り合った。  今まで響介は、既存の楽曲のコピーやアレンジ程度しかしたことがなかったが、律にあれ程の作曲の才能があるなら話は別だ。“自分たちの”オリジナルの楽曲も作りたい。響介が瞳を輝かせながらそう言うと、律は少しだけ照れ臭そうに頷いた。  とはいえ、響介は作曲に関してはど素人だし、律だって二年のブランク持ちだ。すぐに曲が浮かんでくるはずはなく、二人は揃って首を傾げながら鼻歌を歌ってみたり、唸りながら楽器を弾き鳴らしたりしていた。  が、やはり出てくるメロディはどれもどこかで聴いたことのあるようなものばかりで、しっくりとこないのだった。 「なあ律。一旦気分転換しないか? このままこんな狭い部屋に居続けても、いいメロディは浮かんでこないと思うんだ」  日が暮れはじめた頃に、不意に響介がそう言い出した。窮屈な防音室での作業に、流石の律も疲れを感じていたので、彼の提案に乗ることにした。 「いいけど、何をするの?」  ほんのりと律の表情が明るくなったのを見て、響介はうきうきと前のめりに立ち上がる。思わずのけぞった律へと向けて、彼は幼い子供のようにはしゃいでみせるのだった。 「花火しようぜ! 夏なんだからさ!」  律は響介の突拍子もないアイデアに、一瞬呆然としかけた。しかし、夏休みの夜に友達と花火という、いかにも青春めいたシチュエーションに憧れる気持ちがないかというと──やはりそこは彼も年頃の少年だ。無意識に口角を上げ、律は頷いた。 「水バケツよし、ゴミ袋よし、周囲の安全よし、見晴らしもよし。ええっと後は……」 「響介。点火用のろうそく、倒れちゃってるよ」  響介は、砂利の上に転がったろうそくを慌てて立て直した。しかしそれでも少々不安定な立ち方をしていたので、彼は河原の石を少し拾ってきて、ろうそくの周りを囲むことにした。  そうしてようやく立ったろうそくは、石の山から斜めに頭だけを突き出して、なんだか格好がつかないのだった。  二人は椀田家近くのコンビニを経由して、人気のない河川敷に訪れていた。コンビニで点火棒とろうそく、手持ち花火のセットを買い、響介は花火が意外と高価なことに驚きつつ、河川敷へ着くまで大事に抱えて歩いたのだった。  二人は点けたそばから風で消えてしまうろうそくの火を、自分たちで囲んで体を風除けにしながら、悪戦苦闘しつつなんとか点火をし終えた。ふと見ると、花火を手に持った響介が浮かない顔をしているのが目に入る。 「あれ。響介、一本づつ点けるの?」  律は尋ねた。花火セットを買う前は、手持ち花火を一気にたくさん点けたいと豪語していた響介だったが、彼はいざ実物を前にして何を思ったのか、一本の花火を持って顔をしかめているのだ。 「いや……これ、一本30円くらいするんだよなって思ったら、やっぱり勿体ない気がして……」  響介は数学が苦手なはずなのに、お金が絡むと途端に計算が早くなるのだった。値段をいちいち覚えていたことにも驚きつつ、律はため息混じりに笑ってみせた。 「お金なんか気にしないでいいよ。困ってるなら僕が奢るから」  それでも響介はうんうんと悩んでいるので、律は花火を数本纏めてえいと掴むと、勝手に火を点けはじめてしまった。響介はさっきまで『危ないからやめなよ』と自分を止めようとしていたはずの律が、急に思いきった行動に出たことに驚いた。 「わわわっ! 何してんだ律!」 「あははっ、煙がすごいよこれ!」  両手で二本づつ花火を構え、それらが思いの外激しく火花を上げ始めることに驚いたのか、律は響介から距離を取りながら笑ってみせた。  最近の律はずいぶんと大胆になったものだ。響介も負けじと花火を掴んだ。  すすき花火はジュワジュワと音を鳴らし、火花を色とりどりに変えながら、華やかに光を散らしていく。二人はきらめく光景に心を踊らせて、ときどき煙にむせたりしながら一時を楽しんだ。響介は昂るあまり調子に乗ったのか、花火を振り回してはしゃごうとしたので、結局律は慌てて『危ないからやめなよ』と彼を止めることになった。  その後は火花が危なくないようにと、花火は川の方へ向けるようにして遊ぶことになった。水面に光を映しながら激しく飛び散る火は、川の水へ落ちるとたちまち消えていく。そんな情景を『綺麗だ』と何気なく交わしながら眺めるのも、また一興だった。  やがてすっかり暗くなった河川敷で、二人は花火セットの締め括りに、線香花火の小さな火が膨れていくのを薄々と見つめていた。二人とも向かい合って砂利の上で屈み、震えながら弾ける火が落ちないよう、黙って花火に見入っている。静かな時間だった。  夏休みの夜に友達と花火。いかにもなシチュエーションの最中、律は不思議と薄寂しい気持ちが湧いてくるのを感じていた。今まで夏季休暇の終わりを淋しく思うことなんてなかったはずだが──そう思いながらも視線を逸らすと、響介が火を落とさないように、一生懸命じっとしているのが目に入った。  唯一の違いは、彼の存在だろう。この胸に込み上げる淋しさの正体は、楽しい時間への名残惜しさだ。来年からは受験勉強が始まってしまう。これは恐らく最初で最後の夏休みなのだ。  そう考えを巡らせながら、視線を花火へと戻す。線香花火の火は、今にも落ちてしまいそうなほど切なげに震えていた。 「そういえば」  花火を見て、不意に律は思い出した。口を開くと、驚いた響介が「うわっ」と姿勢を崩してしまった。律もつられて動いてしまい、二人の火は砂利の影の中へと消えてしまった。 「ああっ、急に話しかけるから落としちゃったじゃんか」 「話しかけただけなのに驚きすぎだよ。真っ暗になっちゃったね」  律は言いながら平然と懐中電灯を取り出した。夜の闇の中を急にライトの強い光に照らされて、響介は反射的に身構えた。 「うおっ、眩し……てか、『そういえば』って何だ?」 「うん。花火を見て思い出したんだけど、そろそろ夏祭りの時期だと思って」  響介はああと納得して頷いた。中学からは行かなくなって久しいが、毎年八月末になると近くの神社が祭りを催しているのだ。夏祭りでは今律が連想した通り、花火も打ち上げられる。観光地や都会の花火大会なんかと比べると規模は小さいものの、地元では評判の行事だった。  懐中電灯を持つ律は、あの楽しげな祭りのことを口にしながらも、その視線は低く伏せていた。憂うような表情をして、何を思っているのだろう。響介は思わず尋ねた。 「行ってみるか? 夏祭り」  彼の問いに、律は黙ったまま顔を上げた。暫く瞳を瞬かせたり、首を傾げたりした後に、彼はようやく頷いた。
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