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2人の秘密
それは偶然だった。
あの日は先生の都合で予定していた打ち合わせがキャンセルになって、待たせてた天を迎えに4組に向かった。
夕焼けの教室内には天と吉田が何かを話していて、俺はなんとなく入りづらくて……廊下で聞き耳を立てる。
「……これが二宮くんの想いなんだ……」
うっとりと呟く吉田の声は、聞いたことがないほど夢みるようで、いかにも乙女っぽい。
彼女の胸には一冊のノートが抱かれていて、どうやらそこに天の想いが綴られているようだ。
柔らかな緑と薄い紫のグラデーションがきれいなノート。
「言えない分、書き続けてた」
応える天の声も瞳もどこか熱っぽくて……焦りと共に胸が痛くなる。
今まで何人もの女の子と付き合っていても、天の声が、あの瞳が熱を帯びるのを見たことはなかった。
いつもどおりのぼんやりで、ふわふわのままで。
だから天と一緒に居られる時間を取られる寂しさはあっても、結局は長く兄弟みたいに育った俺との方が近い関係だとどこかで安心していたのに。
子供の頃、天が男だって知った時に消えたはずの恋心は、今までも時折反乱を起こしていた。
天に親しくする友達が出来た時、女でも男でもやけに距離感の近い奴と知り合った時、そして彼女が出来た時……けれど、そのどれもが俺と天を引き離す程の物じゃなくて、俺は幼なじみでお隣さんで兄弟同然っていうこの関係に慢心していた。
男同士なんだから、この距離が一番天に近い場所なんだって。
傷付かない、傷付けない、一番近くて離れずに居られる距離。
これが俺達のベストな関係だって思っていたはずなのに……
あの瞳を見てしまった。焦がれる熱を帯びた瞳を。
俺の中で消したはずの恋心がまた疼いて、痛みを起こす。
「これからも読ませてくれる?」
「書く。だから読んで」
吉田に応じる声が優しい。
これが天の恋人への声音なのか。
あのノートの中には、天の吉田への想いが書き連ねられている。
そこにはどんな想いが込められているんだろう。
今、俺が感じているような痛みなんだろうか。
それとも甘く疼くような、恋心なのか。
……ただ、知りたかった。
天がどんなふうに恋をするのか。
どんな想いを抱いているのか。
俺に向けられることのないその想いを、天の恋心の欠片だけでも味わいたい。
その味を知りたいと……思ってしまった。
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