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戻らないかたち
目が覚めると、綺麗な顔が目の前にあった。数秒見て、驚いて後ろに仰け反る。見事、壁にぶつかった。
この部屋の良いところは、両隣に人がいないところだ。うるさいと苦情が来ることもなく、俺が一人で後頭部の痛みに耐えていた。
いってえ……。
なんでこいつこんなところで……。
リビングで掛けてやっていた毛布を持って自分にかけている。こんな狭いベッドに成人済み男性二人が並んで眠れるわけがない。
いや、今並んでいる状態だけど。
そういう問題じゃない。
それでも眠る顔が綺麗で、じっと見てしまった。後頭部は痛い。
そもそも、なんで砂野はまた俺のところに来るようになったのか。昨夜は酔っていて考えが及ばなかった。
「おい砂野」
「んー」
「おま、寝起き悪いんか」
おい、と肩を揺らし起こす。んーと唸り声を上げて、すごい顰め面で上半身を起こした。ずるりと毛布が肩から落ちる。
「なに」
あまりの不機嫌さに、やはり寝かせておこうとその肩を押してベッドへ戻した。
「なんでもない。寝てて」
必然的に俺がベッドから降りることになり、冷たい床に足をおろす。すかさずユズさんがするりと足にすり寄ってくる。朝飯の催促だ。
早くに起きたと思ったけれど、もう八時だった。ゴロゴロと喉を鳴らしながら飯を食べるユズさんを横目に、昨夜水を飲んだコップに牛乳を注ぐ。
それを飲んでから、食パンをトースターに入れた。あとは勝手に焼いてくれる。
店は夕方五時開店。週一で定休。繁盛具合はまあまあ。常連さんたちが入れ代わり立ち代わりで来てくれていて、赤字にはならずに済んでいる。
携帯を見れば、昨日飲んだゼミグループでメッセージが飛び交っていた。それを見て他愛もないスタンプを送り、携帯を手放そうとした。
メッセージアプリに付随しているニュース欄に、砂野彰の名前が見えた。
あの、自分の、狭いベッドで眠っている男のことだ。
何となくの気持ちでタップしてみると熱愛報道の記事だった。来春公開のドラマで共演の諏訪あけみとの交際。事務所はプライベートは個人に任せているという返答。それに関連する記事をいくつか見ていく。
トースターが終了の音を告げる。はいはい、と心の中で返事をしながらも、目は字を追いかけて立てないでいた。
「参るよなー本当。どこから撮ってんだろこれ」
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