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すぐ後ろで声がして、ゆっくり振り向く。眠そうな顔で砂野がソファーの背に手をついていた。ぎしり、と軋む音。
目が合い、数秒。
「……結婚秒読みらしいぞ」
「そんなわけ無い。この人、カメラマンと付き合ってるから」
「え、じゃあお前は?」
「寧ろ俺が聞きたい。俺、なに?」
「いや、お前は砂野……」
そういう話をしてるわけではないと、言いながら気付く。へら、と砂野が笑った。
「てかさ」
「何だよ」
「おはよ」
気の抜ける朝の挨拶だった。
腹が減っているらしい砂野に食パンとサラダと目玉焼きのプレートを用意すると、目を輝かせて喜んでいた。
「城山は? 食べないの」
「あー皿が一枚しかない」
人を招くことのない部屋なので、スリッパも皿もタオルも一人分で足りるほどしかない。もちろん、ベッドの幅も。
「半分使う?」
「いや、いい」
サラダを寄せて本気で半分空けようとする砂野に笑い、俺は断った。目の前で美味そうに食べて貰えれば、こっちはトースト一枚で十分だった。
「じゃあ皿買ってこようかな」
「やめてくれ……」
「えーなんで」
「狭い家だから」
「狭い……じゃあ家来る?」
家、と言われる場所がどこなのか。一瞬、判断出来なかった。
「え、砂野の家?」
「実家じゃないよ、もう」
「どっちだとしても行かねえよ」
「まあ、俺の家来てもつまんないだろうけど……」
それならこの家の方がつまらないに決まっている。テレビもなければゲーム機も雑誌も無い。猫ベッドや猫玩具の場所だけが充実している。
「あ、でっかいホットプレートでも買ってあれやろう。チーズダッカルビ」
「想像だけで胃がもたれる。友達とやれ」
「じゃあ友達誘って良い?」
「いや俺以外と」
「城山居ないとつまんないじゃん」
そんなことを言われたのは初めてで、砂野に言われたのが初めてというわけではなく、人生で言われたのが初めてで、苦笑してしまう。
そんなわけないだろ、この前再会したばかりなのに。
「すごい、顔に『んなわけない』って書いてある」
「……読むな」
けらけらと楽しそうに笑う砂野に呆れる。
「久しぶりの休みなんだろ。家帰ってゆっくり休めよ」
「城山がずっと帰れって言ってくるにゃ」
近くを通ったユズさんを抱き上げて、顔の前に持ってくる。不服そうな表情でこちらを見ている。ユズさんごめん、でもこいつ一応俳優だから爪だけは引っ込ませておいて。
「ひどいにゃ」
「ユズさん、抱っこ嫌いだから」
「え?」
ぐねんと身体を捩り、ユズさんが砂野に猫パンチを繰り出した。すとん、と床におりてソファーへと上り、毛づくろいをする。
「全身筋肉じゃん、猫すご。まあまあ痛い」
「冗談なしに、今日四時には店行くから」
「俺も手伝う?」
「しなくて良い。お前は帰れ」
「じゃー皿買ってこようかなー」
「……あのな、砂野」
コーヒーの入ったマグカップへ目をやるが、中身は空になっていた。
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