戻らないかたち

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 あの報道を見たとき、赤信号だった。  それが全てだと思う。 「もうここには来んな」  ユズさんを見ていた砂野の視線がこちらへ向いた。す、と表情が抜ける。 「なんで?」  俺が期待するからだ。  その期待に、砂野は答えられない。  それならいっそ。 「男二人で過ごしてたら婚期逃すだろ。俺も、お前も」 「え、ああ」 「いや、砂野は選り取り見取りかもしれないけどな……一緒にして悪かった……」 「急に反省入るじゃん」 「兎も角。家の前で待つのとかも止めろ。俳優としての自覚がなさすぎる」  しゅんとした雰囲気に、言葉を選び間違えていないか心配になる。が、これ以外に無い。  最初に会ったときも、家の前で待つ姿も、刺青を同じ場所にいれたいと言われたときも、皿の話のときも、心の裏で喜ぶ自分がいた。直視することも認めることもしないけれど、確かに存在していた。  でも、それだけだ。  砂野はここに来るべきじゃない。もう高校のときとは違う。 「城山、結婚とかしたいんだ」 「……そりゃ、人並みには」  しれっと言ってみる。否、少しも興味はない。 「お前もいつかはするだろ」 「俺は興味ない」 「は?」 「まあでも、城山が結婚式挙げるときは友人代表スピーチしてあげても良いよ」  肩を竦めながら砂野は言った。その言葉に、ひく、と頬が痙攣する。俺は絶対に御免だと思ったからだ。 「ああ、頼むよ」  心にもない言葉と会話。  赤信号、一人で渡るには怖すぎる。  熱した鉄板を素手で触って火傷をした。それを目撃したパートの須磨(すま)さんが叫ぶ寸前だった。 「店長、ぼーっとしすぎです」 「申し訳ない……」 「こっちはやるので、ホールお願いします」 「はい……」  どっちが店長なのかわからない。しかし、持つべきはキッチンもホールもできるパートさんだ。  須磨さんは開店当初から居てくれるので、信頼感もある。 「お待たせしました、エビとブロッコリーのアヒージョです」 「お、城山くん」 「ぼーっとして、キッチンを追い出されました」  ありゃー、と笑うのは常連さんとなった阿鹿さん。連れは友人の猫実(ねこざね)さん。 「それはお大事に」 「猫実さんはいつもクールですね……」 「ザネくん、クールだってよ。一曲作ってあげたら?」 「湿っぽいラブソングなら」 「いや、今は身に沁みそうなんで遠慮しときます」 「え、傷心中?」  阿鹿さんはぐりぐりと傷口を抉ってくる。猫実さんは特に気にした様子もなく、アヒージョのエビにフォークを刺した。 「傷心という程のものでも」  そもそも傷つきに行って傷ついてるのだから、自傷行為だ。  阿鹿さんは俺の態度から何かを感じ取ったのか、明後日の方へ視線を向ける。 「明るけりゃ月夜だと思うって諺があるんだけどさ、知ってる?」 「知らないです……短絡的な諺ですね」 「うん、まさにそれ。全然もの考えてねーなって諺なんだよ」  明るけりゃ月夜だと思う。  確かに。 「俺の見てきた、大抵の『うまくいかない』ときは考えすぎてるときだと思う」  猫実さんが目をぱちくりさせていた。俺も同じようにしていたのを、今更気付く。目から鱗が落ちてないと良い。
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