戻らないかたち

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 店を閉めて、ふと顔を上げる。  月は見えない。街灯が明るいからか、それとも見えない時間なのか。  鉄骨の階段を上がる。足音が響き、世界に自分一人な気がする。  いや実際、一人か。  砂野も追い出し、親友の大地も結婚する。だからと言って一人になるわけではないし、だからと言って誰かと一緒にいたわけでもないのに。  恋人でも作るか?  そういうツテがないわけではないけれど、恋人を作るという名目で付き合った人間とはうまくいかないことが多い。目的と過程が必ずしも思うようになるとは限らない。  色々考えながらも、阿鹿さんから言われた言葉がどこか引っ掛かっている。  考えすぎるところは自覚してる。大学のとき、同じ学部の女子から告白されて付き合った。高校の時から男の方が好きだとは思っていたけれど、その女子とは付き合っても良いくらいには仲が深かった。でも無理だった。  優しく親切で明るい人だった。でも、俺がその向こうに母親の影を探している。  そんな影も恐れて、それを探す自分にも辟易として、軈て一緒にいることが苦痛になった。  別れてからはずっと疎遠だ。俺はそうやって関係を壊すことが怖い。他人を裏切るのが怖い。  砂野もここに来なくなれば、俺のことも忘れて次の彼女を作るだろう。  階段を上りきり、角を曲がる。足が止まり、溜息が出た。  玄関の前に、座り込み眠る姿に。  歩み寄るが、起きる様子はない。しかし、この男が起きなければ家に入ることが出来ない。 「砂野」  なんでお前は、追い返しても戻ってくるんだよ。  傍らにはコンビニの袋に、缶ビール、猫缶と惣菜パン。缶ばっかりだ。手土産にバリエーションがない。  ふらついているように見えて、どっか頭が固いんだよな、と貰う側なのに思ってみる。 「……砂野」  砂野の毎日を俺は知らない。  どれだけ大変なスケジュールなのか、過酷な撮影なのか、演技を求められるのか。  知らなくて当然だけど、知らない自分が嫌に思う。 「……好きだ」  そのすべてを、知らなくても。  言葉が漏れて失笑する。好きという言葉で間に合えば事足りるのに。その言葉以外での伝え方がわからない。  そもそも、眠っている相手に伝わるわけがない。  鍵をドアノブに差し込もうと視線を下げると、目が合った。数秒。 「誰を」 「は、あ?」 「俺をって言うのは聞こえてた」 「狸寝入り……」 「俺を、何?」  砂野はすくっと立ち上がり、ドアノブと俺の間に滑り込むように入った。 「邪魔だ、退け」 「俺は好きだけどね、城山のこと」
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