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春は置いていけ
さらりと何か言われた気がする。
しかし、相手にしたら負けだ。何たって、相手は俳優。
「……俺はお前のこと、嫌いだけどな」
身体を退けて鍵を挿し込み、回す。
顔を見て言うことは出来なかった。俺の勇気は少ない。
「都合の良いときだけすり寄ってきて、今まで俺がどこで何してるかなんて興味もなかったくせに」
扉を開けて、やっと顔が上げられた。
傷ついた表情の砂野がいる。
「最初に、俺のこと覚えてなかったの城山の方じゃん」
「……は」
まさかそこから反撃されるとは思わず、怯む。じろりと睨まれて、動けない。
「そりゃ、あんなとこに居るとは思わないだろ」
「でも俺は一目見て分かったけど。ちゃんと覚えてたけど」
「それとこれとは、」
「関係ある。そもそも、城山のは嫌いな理由じゃない」
正論は強すぎると暴力だ。俺は先程からアッパーを撃たれまくっている。痛い。止めてほしい。
リン、と鈴の音に玄関の真ん中まで出迎えに来てくれたユズさんが見えた。闇の中でも綺麗な白が浮かぶ。
「それは、裏返すと全部、俺を好きな理由だよ」
決定打。
ずっと忘れられなくて、俳優で活躍する砂野を知っていた。
ユズさんが入らないのか、とこちらを見上げている。入ったら、全部終わりだ。この関係も全部、終わる。
それが伝わったのか、理解したのか、それとも待つのに飽きたのか、鈴の音を響かせて廊下の方へ行ってしまった。
「……ああ、好きだ、砂野のこと」
「!」
「じゃあな」
さっさと扉の中に入って閉めようとするが、ガッと何かが挟まって閉まらない。砂野のごついブーツが見えた。なんでそんなに反射神経良いんだよ。
「遅いし今日は帰れ」
「遅いから泊まらしてくれんのが優しさだろ」
「どうせお前は寝床と飯があれば良いんだろ」
「だったらもっと良い家と飯求めてる」
ぐぐぐ、と扉を隔てた攻防戦。砂野は細いが筋肉質で、身長は俺の方が高いのに力は均衡を保っている。
ドアがみしみしと嫌な音を立てたところで俺は我に返った。
「じゃあさっさと良い家と飯の場所に行けよ」
「は? ここがそうだからここに居るんだけど。さっきから俺の話聞いてる?」
「お前こそ俺の話聞けよ」
「聞けない」
溜息を吐く。扉は開かれ、砂野が玄関に足を踏み入れようとする。
「入るな」
ぴた、と砂野の動きが止まった。
「いまさら、」
「俺とお前は違うよ。生きてる世界も、歩んだ人生も、全部違う」
「同じ人間なんて居ない」
「俺は同性しか好きになったことがない。これまでも、これからは分からないけど。だから、砂野の好きだって言葉に浅はかな期待をする。でも、お前はそれに答えられないだろ。それが虚しい」
じわりと視界が歪む。
こんな説明すら、虚しい。
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