春は置いていけ

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 人間、生きてれば必ず人との齟齬は生まれる。俺は齟齬ばかりだ。  明るけりゃ月夜だと思う。  そういう風に生きたかった。明るい夜に、月を見上げる勇気もない。そんな人生に、誰かを巻き込むことなんて。 「期待に答えるよ」  砂野は静かに軽く答えた。 「手始めに何する? 俺の恋人は城山ですって週刊誌に持ち込む?」 「……やめろ馬鹿」 「俺は今までの恋人は皆異性だけど、城山のことはそれ以上に好きで。それに城山も俺のこと好きって言ってくれるのも嬉しいし。城山の虚しさは知らんけど」 「ん」 「虚しくなったら言ってよ。面白いこと言ってみるから」 「例えば」  無茶振りをしてみる。砂野は唸って考えてから、声を発した。 「あ、城山が店やってんの最初から知ってたよ」  ぺし、とその頭を軽く叩いた。  結局、この明るさと野生味に救われていたんだろう。狭いベッドにぎゅうぎゅうになりながら考える。 「お前、明日仕事?」 「んー、うん」 「何時?」 「早かった気がする。いいよ、寝てて」 「ああ」  砂野は器用なもので、ベッドから落ちる気配はない。俺が壁に最大限に寄っているのもあるけれど。すやすやと眠る頬を撫でてみる。本当に綺麗な顔をしている。 「明日はー昼からドラマの番宣ロケでー。街をぶらついてー。夕方からまたドラマの撮影」 「……おお」  寝ていなかったことと、これからのスケジュールを説明されたことに驚き、変な返事をしてしまった。 「帰るの深夜になりそう」 「ここに帰るつもりかよ……」 「城山より遅くなるかも。そのときは開けてね」  思えば、こいつはいつも外で眠っている。俺が帰るのを飽きもせず、待っていた。  そうして貰っていて、俺もよくあんなことが言えたなと苦笑する。相手を想う気持ちに優劣をつけるのは悪い癖だ。 「寝た?」 「寝る」 「おやすみ」  気の抜けた挨拶に答えるように、また頬を撫でた。  翌日、眠そうな顔をしながらも朝ごはんプレートを食べて着替えるのを見届け、玄関までついていく。 「タクシー? 電車……は無いか」 「普通に乗るけどね、電車」 「そうなのか」 「早朝だと人少ないし、人多くても紛れるし。今日はマネージャーが迎えに来る」 「ご苦労さま」  今より先の時間に起きて出発しているということに。  きょとんとした砂野が「どうも」と返答する。違う、お前にではない。  ユズさんが朝飯の時間か、と起きてくる。うろうろと足に擦り寄り、ついでに砂野を見上げた。 「ユズさーん、やっぱり仕事行きたくないなー。代わりに行ってきて」 「猫に何頼んでんだ」 「猫の手も借りたい」 「早く行け」  俺がユズさんを撫でようと屈もうとしたところを、砂野に受け止められ、ぎゅっと抱きついてくる。その背中をとんとんと叩いた。 「行ってらっしゃい」 「行ってきます、あ」  何かに気づいたように砂野が声を出す。俺の首の後ろに触れて、ぱっと離れた。 「何」 「何でも。ユズさん行ってきます」  最終的にユズさんを撫でて、部屋を出ていった。
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