春は置いていけ

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 わかり易く困った顔をした女性が額を抱える。その手に砂野の携帯を持っていた。  思えばあいつ普通に人気俳優だった。遊んでる女とか元彼女じゃなくて、ストーカーか? いや、ワンチャン恋人だって線も……。 「車に携帯置いてコンビニで下ろしたので、向かうならここなのかと思ったんですが……」  ぼそぼそと喋る。なるほど、先程まで一緒に居たらしい。 「最近よくお店の前で降りて階段を上がって行くのを見ていたので、多分お付き合いしている方の家なんだろうなと思ってたんです」 「え、ああ」 「あ、すみません、申し遅れました。私、砂野のマネージャーをしております瀬戸(せと)と申します」  深々と頭を下げた瀬戸さん。 「どうも、砂野とは……学校が同じで……城山と言います」  なんと自己紹介した方がよく分からず、作った笑顔が引きつった。 「砂野は来てないです」 「そうでしたか。夜分遅くに申し訳ありません」 「いえ、大丈夫です」 「最近殆どここへ行くのでお付き合いしてる方かと……ご友人だったんですね」  ご友人。 「いや、恋人……」  口から言葉が漏れた。はっと我に返り、目の前の瀬戸さんを見る。きょとんとした顔でこちらを見上げている。 「あ、いも……妹が」 「え? もしかして、妹さんと?」 「……はい……ユズって言うんですけど……」  ごめんユズさん。明日も鰹節やるから。  心の中で許しを請う。そんな俺に構わず、いつの間にか俺の手から玩具を奪い、リビングの方でじゃれているのか鈴の音が聞こえてくる。  砂野にもバレたらなんか言われそうだ、と考えていると、階段の方から足音がした。 「あれ、瀬戸さん何してんの」 「あなたが携帯忘れていくから探してたんです」 「えー、ここまで? 城山ただいまー」  扉が更に開かれ、砂野の姿が見えた。何故このタイミング。後ろから鈴の音が近付いてくる。 「ユズさんもただいま」 「あ」 「……え?」  瀬戸さんがうちの白い猫を見下ろした。 「え、なんでそんなこと言ったの?」 「咄嗟に……口から出た」 「えっとつまり、ユズさんはそちらの猫さんで、恋人は城山さん?」  うちにあったグラスは瀬戸さんに使ってもらい、砂野と俺の元には缶ビールとレモンサワー。ちなみに開いてはいない。  この何もない部屋に人が二人も来る想定はしていなかった。俺が吐いたしょうもない嘘は砂野によって訂正され、瀬戸さんが漸く理解した。 「そうです」 「なんとまあ」 「てか瀬戸さんこんな時間に人の家に尋ねるなんて非常識だね」 「お前が言うな」 「電気がついてらしたので、起きてらっしゃると思いまして」  間違ってはいないし、俺も全く確認せずに扉を開けた。まさかこんなことになるとは思わず。 「事情は分かりました。城山さん、ご連絡先教えて頂いても宜しいですか? うちの砂野が携帯を忘れたり、何かあったら連絡差し上げる為に」  あっさりと瀬戸さんは受け入れ、顔を上げた。寧ろ俺の方が面を食らい、あわあわと携帯を差し出すことになった。
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