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甘い闇
鰹節を嬉しそうに食べるユズさんを見る。
あの夜、柚子が丘クリニックの傍を通ったとき、ビニール袋がガサガサと揺れる音がした。風か、とそれを見下げると何か動いたような気がして、その後に小さく鳴く声が聞こえた。
俺はその時まだサラリーマンで、終電に乗って帰っていたところだった。疲れているからそう見えただけだろう、と緩めた歩を元へ戻そうとした。
いやでも。
やはり立ち止まってビニール袋に近づいた。次は明確にガサガサと動く何かが居て、中を見た。
袋と同じ小さな白い猫。いつからここにいるのか、どうしてこんな方法でここに置かれたのか。俺は想像を止めて、現実を見た。
猫は訴える相手が来たことに気付いたのか、先程より大きな声で鳴き始めた。俺は疲れていた。だから、袋から抱き上げてしまった。
今の家はペット禁止だから出ないといけない。そもそも猫なんて飼ったことがない。この小さな猫が何を食べられるのかも分からない。
それでも、置いていけなかった。
俺は心が弱い。未だに飯に執着しているところがあるし、何が欲しいわけでもないのに金を娯楽に費やせない。いつから全てを奪われる日がくるのが怖いから。
家に帰り、ネットで調べた通り飯をやるとユズさんはガツガツ食べていた。どこかその様子に砂野を重ねている自分がいた。
仕事辞めて、店やろうかな。
そう決心したのも、そのときだった。
くあ、と大きく欠伸をして砂野がソファーの端に座る俺の膝の上に雪崩れこんでくる。
「あー眠い」
「ベッドで寝れば」
「城山が添い寝してくれるんなら」
「あ、そういえば」
思い出してその顔を見る。相変わらず綺麗な顔だ。
「首に歯型つけんな」
「あれ、ばれた」
「須磨さんに言われたからまだ良かったものの」
「須磨さんって誰?」
「うちのパートさん」
「うちの」
ああ、あの。と、砂野は合点がいったようにこちらを見た。
「うちの」
「なんで二回言う」
「うちの彰って言ってみて」
「は?」
「良いから、ほら」
腹筋だけで上体を起こした砂野が隣に座り直し、促してくる。
その言葉に、もうひとつ思い出した。
「嫌だ」
「なんで」
「まだ言いたいことはある。あの瀬戸ってマネージャーに知られて良かったのか?」
「え、何が」
何が、じゃない。知られたことはひとつだ。
「ここに来てることと、俺と……」
「あー大丈夫。あの人、仕事できる人だから。うまくやってくれるよ、味方につけといた方が良い」
「俺は連絡先聞かれた時点で、縁を切れって言われると思ってた」
「そんなことしない。言われたら俺に最初にちゃんと言って」
顔を覗き込まれた。笑顔だが、目が笑っていない。
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