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由来と意味
どうして店やってんの? と尋ねられることは多々ある。
そういう時の答えはふたつ用意している。
「昔、同級生に飯作ってやったら偉く感動して『城山が店出したら通う』って言ってくれたからです。まあそいつは全然通ってきませんけど」
というオチつきのエピソード。
「その同級生は今、何やってんの?」
そこを突いてくる阿鹿さんは何かを感じ取ったのか、更に問うてくる。俺は笑って誤魔化そうとしたけれど、そう上手くいかなかった。
「俳優業を」
「え、誰?」
「砂野です。砂野、彰」
ほら、熱愛報道で世間様を騒がせている。
そう付け加えれば、阿鹿さんは大きく頷いた。
「昔、MV撮影で会ったことある。まだ売れる前。へえ、地元一緒なのか」
「そうだったんですね。はい、同じ中学、高校でした」
大学は別れて、卒業する頃には砂野は俳優としてCMに出ていた。
俺はその頃、新卒採用で入った会社で馬車馬の如く働いていた。その頃に貯めた金で、こうして店を持つことが出来たわけだけれど。
「あんだけ仕事してれば通えないだろうな」
阿鹿さんは音楽業界の人らしく、偶に仕事仲間を連れてきている。俺よりもずっとそっちの世界に近いので、きっと阿鹿さんが言うなら本当に忙しいのだろうと思う。
中学も、高校も、砂野と同じだったけれど、特別仲が良かったわけじゃない。あいつはその頃から顔も良く性格も良かったので、彼女が途切れなかった。それでも気紛れに、俺にくっついてくる時もあった。
飯を作ったのは高校三年の終わりの頃で、当時住んでいたぼろいアパートに、「彼女にふられた」と言って砂野がふらりとやって来た。知らんがな、と追い返すことも出来たのに、家にあげたのも飯を作ったのも、俺の気紛れだった。
アルバイトで稼いだ金は殆ど食費になった。スーパーの細切れ肉ともやしと一番安い乾麺で作ったラーメンを出せば、腹を空かせていた猫みたいにガツガツと食べる砂野。
「美味い。城山が店出したら通う」
「出さねーわ」
「常連になる」
「俺は安定した職に就く」
人の話も聞かず、俺の分の夕飯まで奪おうとする砂野を見て、なんだか元気が出た。絶対に渡さなかったけど。
神様と猫だけは気まぐれが許される。そこに砂野も入っていたんだろう。他のクラスになっても砂野はふらりと俺に近付いてきて、自由気ままに振る舞う姿になんか元気を貰っていた。
それをふと、仕事を辞めて思い出した。
飯を作ったら、また砂野が食べる姿を見られるかもしれない。
絶対ない未来を考えて、俺は店をやることに決めた。
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