甘い闇

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 当然のことのように提案されて、俺は膝についた頬杖からずり落ちる。 「え、は?」 「まあ城山の店までは当たり前に遠くなるけど」 「一緒に住むとかは、無いだろ」  シルバーのネクタイを取った砂野がぴたりと動きを止める。 「今も住んでるけど」 「今は砂野がうちに泊まってるんだろ」 「じゃあこの部屋引き払う」 「そういうのは、やめてくれ。頼むから」  俺は手を掌を前に見せる。降参の合図だ。  それをくみ取ったのかどうかは分からないが、砂野は黙ってこちらに近づいて、俺の手にネクタイを乗せた。 「やって」  自分で出来るだろ、と思いながらもそのネクタイを取ってしまう俺もどうかしている。立ち上がり、砂野の首にネクタイをかける。 「俺をそうやって脅すなよ」 「言い方」 「砂野は、立場があるだろ」  長い睫毛が動く度に音がする、気がした。そんな音まで聞こえる距離にいる。 「何かあった時、戻れるところに居てくれ」  ネクタイを結び終える。じっと見られているのは感じた。ネクタイから離そうとした手を掴まれ、ぐっと引き寄せられたかと思えば、後ろに倒された。  ウォークインクローゼットの天井は眩しく、目を細める。そこへ砂野が視界に入ってくる。 「城山さ、他人のネクタイ結び慣れすぎじゃない?」 「は?」 「戻れないとこまで、行っても良いよ、俺は」  砂野が俺の肩に手を置いた。  そこにはもう戻らない火傷と刺青が入っている。 「何言って、」 「俺が少しも嫉妬しないと思ってるんだ、お前って」  すっと冷えた目の奥に、背中が震えた。俺は手を払い、床から起き上がる。 「あ、ごめ」  砂野が短く謝った。  肩が熱い。嫌な記憶が湧き上がる。それを必死に押し込めた。こちらに手を伸ばす気配を察知して、それから遠ざかる。 「触んな」 「城山、ごめん」 「お前は悪くない。俺が悪かった、ごめん。ちょっと、先行く」 「え」  立ち上がり、クローゼットを出た。広い玄関へと行く。靴を履いてると、後ろから羽交い締めにされた。 「ごめん、待って、行かないで」  懇願するように唱えた砂野に、結局俺は甘い。 「……分かったから。遅れるぞ、早く準備してくれ」  うん、と泣きそうな声が聞こえて、体温が離れていく。俺はそのまま壁に寄りかかり、ずるずるとしゃがみこんだ。  何を、怯えてるんだよ。  何を、砂野に当たってるんだ。  いつまで俺は自分の人生を呪うのだろう。  案の定、大地の結婚式へ顔を出した砂野は囲まれていた。主に高校のときの友人が多く、女子も男子も写真を撮りたがっていた。 「SNSとかにあげるときは顔載せないでねー」  よろしくー、とのんびり釘をしっかり刺している。俳優業も大変だ。  一緒に会場へ行った俺は大学の友人等を見つけて、砂野を遠巻きに見ていた。先程のこともあって気まずかったので丁度良い。 「高校一緒だったんだ」 「ああ、まあ」 「モテてた?」 「彼女は途切れ無かったな」  同じゼミの女子と話していると、同じく砂野の人気に圧倒されている面子が周りに集まってきた。  来賓のロビーが混み合ってきたところで、挙式場へと案内が始まった。
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