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ぴた、と砂野が止まる。
「城山、それは人に食べさせるもんじゃない」
「は?」
「もしかして城山に化けた狐か? 目を覚ませ!!」
「おい、酔ってんのか。狐じゃなくて猫に食べさせんだよ」
ユズさんは我が家の愛猫だ。
柚子が丘クリニックの近くで拾ったので、ユズさんと名付けている。
それを説明すると、砂野はぽかんと口を開けて「ああ」と手を打った。漸く理解したらしい。
「猫見たい」
「あ、携帯家に置いてきた」
「てか、城山」
笑った砂野が小さく手を挙げる。何か、とそれを見た。
「久しぶり」
どんな時差で。
思わず笑ってしまい、ああ本当に砂野だと実感する。何もあの頃と変わっていない。
いや、変わってしまった部分もあるだろうが、俺が好きだったところは変わっていない。
俺は砂野彰が好きだった。
いやきっと、今だって。
「ん、久しぶり」
「家に居んの、ユズさんだけ?」
「一人暮らしなもんで」
「じゃあ城山家へ行こう」
反論の声を上げるより先に砂野が動いた。カゴの中に缶ビールやらつまみやらをポイポイ入れ始め、俺の持っている猫缶と朝のパンも奪って入れる。
止める間もなく、レジへと持っていく後ろ姿。
「よしいざ出発。で、家どっち?」
「……こっち」
今更断るのもどうかと思い、結局自宅へ案内した。
自宅は店の二階だ。勿論、砂野はそれを見て、
「ここ、もしかして城山の店?」
「……そうっすね」
「へー今度行こ」
「砂野、お前忙しいんじゃないの?」
家の鍵を回しながら俺は尋ねる。リンリンと扉の奥で鈴の音が聞こえて、ユズさんが玄関まで来たのだと分かった。
砂野はサングラスを外して胸ポケットに挿した。
「まあそれほどでも」
「言ってみたい台詞だな」
玄関にはやはりユズさんが座っており、俺と砂野をまん丸い目で見上げていた。
砂野はしゃがんで静かにユズさんへ手を差し出す。後ろ手で鍵を閉めると、ユズさんは音に驚き半歩後ずさったが、それから静かに砂野の指先に鼻をつけて挨拶をした。
「可愛い」
「愛嬌は満点だからな」
「俺とどっちが勝つかな」
「猫と張り合うなよ」
「城山はどっち?」
愛嬌の点で。
靴を脱いで砂野を見下ろす。ユズさんと砂野、両方がこちらを見上げていた。
「ユズさん」
「負けました」
にゃ、と意味が分かってかユズさんは小さく鳴いてリビングの方へと歩いて行った。
砂野が買った酒は一日じゃ消費しきれない程だった。一缶目以外の酒は冷蔵庫へといれて、つまみを開ける。
「高校卒業以来だから、何年ぶり? 十年はいってないか」
「やめろ、そういう話は。最近周りが結婚ラッシュなんだよ」
わかる、と砂野も少し苦い顔をしたのが可笑しかった。
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