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最近全然店に来なかったのも、女と会う方が忙しかったからか。
そんな風に思うと、なんだか胸がじわじわと痛くなり、大学の友人たちと飲むことにした。酒は消毒だから、と前に付き合っていた男が言っていた。
「海翔、店どう?」
「まずまず」
「自営って大変?」
「会社で働いてた時よりは気は楽」
「お前らしい」
友人たちと言ってもゼミの仲間の中の独身組が集まっていた。中でもよく一緒に行動していた大地は、高校も同じで、俺が男の方が好きだと知っている少ない友人の一人。
そして再来月に結婚式を控えている、独身から抜け出す一人でもあった。
「今度行って良い? 彼女と」
「ん。割引してやる」
「いや定価で。紹介するよ」
友人が割引すると言っているのに、それを断るようなちょっと損をする男だ。いや、こんなに善良な人間はいないと思う。
「恋人とはうまくいってんの?」
「あー去年別れた」
「え、まじ? 聞いてない」
「言ってない。まあ今は、猫もいるし」
家にはユズさんがいる。夕飯は少し早めの時間にあげてきた。明日の朝飯もやらないといけないので、遅くとも朝には帰らないといけない。
「城山、猫飼ってんの?」
「婚期逃すよ?」
「いやでも女連れこむ良い口実かも……」
「猫を口実に使うな」
会話の断片を聞いた近くの友人たちが口々に好きなことを言っていく。それに呆れて笑う俺と、宥める大地。
明日も仕事の人間が多かったので、早めにお開きになった。
「じゃあ次に会うのは大地の結婚式かなー!」
「じゃあな」
現地解散で、二次会へ行く集団と駅に行く集団と別れた。
バス組だった俺と大地は並んで歩き出す。
「実はさ」
「うん?」
砂野のことを言おうか迷った。高校の頃、砂野と大地の接点は特になかったと思う。そんな相手の話をされても反応に困るかもしれない、という懸念があった。
まあそれでも、こんな話を出来るのは大地にだけだった。
だから今日、来たのだと言っても過言ではない。
「どうした」
言い淀んでいた俺を心配するように大地は声を出す。
「あーっと、砂野に会ってさ。コンビニで、突然。砂野彰、覚えてるか?」
「ああ、俳優になった、砂野?」
「そうそう」
「元気だった?」
「ああ、元気だった」
そう答えた後、何が言いたかったのか分からなくなった。
砂野に会ったんだ。それから一緒に飲んだり楽しくやってたんだけど、それは俺が思っていただけで。
いや、俺がただ、想っていただけで。
続く言葉が見つからず、飲み込む。
「ただ、それだけ。確かに顔良かったけど、まさか俳優になるとは思わなかった」
バス停に着いた。
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