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思えば、砂野が最初に話しかけてきたのもこれだった。
中学の体育の着替えで肩に気付いた砂野は「色がちょっと違う」と感想を述べた。
「なんで?」
「昔、火傷した」
「痛いの?」
どうして? と続くと思っていた質問は来なかった。痛いのか、どうなのか。
「……もう痛くない」
「そっか。治って良かったな」
火傷痕の場所は他の皮膚と色が違う。それから後にも誰かに何度か質問されて、同じことを答えた。
どうして? 台所で? へえー。
俺の家は、他の家とは違った。
物心ついた時には父親は居なかった。母親は外をふらふらしており、あんまり家には居なかった。
つまり、飯が無かった。
数日に一度戻って置いて行くパンで食いつなぐ毎日がどれほど。
一人でお湯を沸かそうとした。その鍋をひっくり返して、肩にかかった。自分の中ではそういう記憶になっている。俺もそういう記憶にしている。
誰かを加害者にするのにも、気力がいる。
誰かを憎むのに、エネルギーが必要なように。
どうして店をやってるのか?
その二つ目の答えはこれだ。
食べ物に困ったことがあるから。
シャワーから出ると、砂野はラグから起き上がりユズさんの背中を撫でていた。
「俺もシャワー……」
こちらを見上げる視線と合う。いや、合ってはいない。肩に注がれている。
「え、なにそれ、彫ったん?」
「あーうん」
「いいな、俺もやろうかな」
「は? 冗談」
火傷痕を囲うような刺青。彫れたのは大学のときで、どうせ結婚もしなければ、痕を見られるのが面倒で大浴場にも行かないと考えたからだった。それ以上も以下も深い意味はない。
刺青というだけあり、青いその模様が今は身体の一部になっている。
「冗談じゃないけど」
その返しが真面目な声色だったので、砂野を見た。じっと見返されるのが気まずく、すぐに逸らす。
「脱ぐ演技が来なくなるぞ」
「確かに。あとマネージャーに殺されそう」
「だからやめといてくれ」
「城山が言うなら。あーでもお揃いにしたかったなー」
「何故お揃い……?」
きっと火傷痕もなければ綺麗な皮膚だろう。それにわざわざ傷をつける意味が分からない。
寝室からTシャツを取って着る。アルコールと満腹から眠気が襲ってくる。リビングへ顔だけ出した。
「砂野、帰るなら……」
居ない。風呂場の方から水音がして、そちらを向いた。
勝手知ったる他人の家、とは。
まあいいか、と脱衣所へ行き、タオルを出して置いた。着替えとかあるのか、と思えばちゃっかり替えの下着が床に置かれていた。コンビニで買ったらしい。
前回ここを明け方に出たときは、明け方まで飲んでいた。明日は休みらしいし、シャワー同様あとは勝手に眠るだろう。俺はユズさんがすやすや眠っているのを確認して、ベッドへと倒れるようにして眠った。
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