刻む模様

4/4
前へ
/23ページ
次へ
 思えば、砂野が最初に話しかけてきたのもこれだった。  中学の体育の着替えで肩に気付いた砂野は「色がちょっと違う」と感想を述べた。 「なんで?」 「昔、火傷した」 「痛いの?」  どうして? と続くと思っていた質問は来なかった。痛いのか、どうなのか。 「……もう痛くない」 「そっか。治って良かったな」  火傷痕の場所は他の皮膚と色が違う。それから後にも誰かに何度か質問されて、同じことを答えた。  どうして? 台所で? へえー。  俺の家は、他の家とは違った。  物心ついた時には父親は居なかった。母親は外をふらふらしており、あんまり家には居なかった。  つまり、飯が無かった。  数日に一度戻って置いて行くパンで食いつなぐ毎日がどれほど。  一人でお湯を沸かそうとした。その鍋をひっくり返して、肩にかかった。自分の中ではそういう記憶になっている。俺もそういう記憶にしている。  誰かを加害者にするのにも、気力がいる。  誰かを憎むのに、エネルギーが必要なように。  どうして店をやってるのか?  その二つ目の答えはこれだ。  食べ物に困ったことがあるから。  シャワーから出ると、砂野はラグから起き上がりユズさんの背中を撫でていた。 「俺もシャワー……」  こちらを見上げる視線と合う。いや、合ってはいない。肩に注がれている。 「え、なにそれ、彫ったん?」 「あーうん」 「いいな、俺もやろうかな」 「は? 冗談」  火傷痕を囲うような刺青。彫れたのは大学のときで、どうせ結婚もしなければ、痕を見られるのが面倒で大浴場にも行かないと考えたからだった。それ以上も以下も深い意味はない。  刺青というだけあり、青いその模様が今は身体の一部になっている。 「冗談じゃないけど」  その返しが真面目な声色だったので、砂野を見た。じっと見返されるのが気まずく、すぐに逸らす。 「脱ぐ演技が来なくなるぞ」 「確かに。あとマネージャーに殺されそう」 「だからやめといてくれ」 「城山が言うなら。あーでもお揃いにしたかったなー」 「何故お揃い……?」  きっと火傷痕もなければ綺麗な皮膚だろう。それにわざわざ傷をつける意味が分からない。  寝室からTシャツを取って着る。アルコールと満腹から眠気が襲ってくる。リビングへ顔だけ出した。 「砂野、帰るなら……」  居ない。風呂場の方から水音がして、そちらを向いた。  勝手知ったる他人の家、とは。  まあいいか、と脱衣所へ行き、タオルを出して置いた。着替えとかあるのか、と思えばちゃっかり替えの下着が床に置かれていた。コンビニで買ったらしい。  前回ここを明け方に出たときは、明け方まで飲んでいた。明日は休みらしいし、シャワー同様あとは勝手に眠るだろう。俺はユズさんがすやすや眠っているのを確認して、ベッドへと倒れるようにして眠った。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加