152人が本棚に入れています
本棚に追加
君との約束
[2022年]
僕は本なんて嫌いだ。
本を読むくらいなら、映画を観たほうが好きだった。
本なんて文字しか書いてないから自分で情景を思い描いて読まなければいけないのに対して、映画は監督が原作の情景を映像にしてくれるから余計なことを考えなくてもいい。
そんな楽しみ方が僕にはあっていた。
そして、来年、ある純愛小説が原作の映画が公開される。
その映画がすごく楽しみだったのに、運悪く僕は病気を患ってしまった。
そこそこ重い病気で長期入院になった。
映画が観れない事に絶望しながら、入院している病院の屋上へ気分転換のために踏み入れた。
そこには、僕と同じ病院服に身を包んだ女性が春の暖かな風に髪をなびかせながら本を読んでいる姿があった。
「綺麗だ...」
と一言ぼそっと無意識に呟いた。
すると、ドアを開けて女性を見ていた僕に気がついたのか、
その女性はおいで。とジェスチャーをした。
僕は軽く頷いて、その女性に近づいた。
「初めまして。私は文乃。君は?」
「え、えっと...僕は湊です。」
この女性は文乃さんと言う方らしい。
それにしても本を読んでいる姿が映える人だった。
「ふふっ。湊君そこまで緊張しなくていいよ。」
文乃さんは僕に笑顔でそう言った。
でも...緊張しなくていいってのは難しい。
なぜなら、僕は女性との会話の経験がほぼ皆無なのだ。
「は...はい..文乃さんは読書好きなんですか...?」
目を見ずに質問する僕を観て文乃さんは笑いながら、
「まぁまぁ。取り敢えず隣座りなよ。湊君。」
僕は文乃さんが座っている長椅子の隣に座った。
「私は、読書しかすることがないからね。」
「そうなんですね...」
どんな本を読んでいるのか気になって、
文乃さんが読んでいる本を覗き込んだ。
「あ。その本来年映画化されますよね。」
その本は、来年映画化される僕が観たかった映画の原作小説だった。
「え!そうなの?!じゃあ来年一緒に観に行かない?」
「そうですね。それまでに退院出来たら一緒に行きましょう。」
「じゃあ!約束だね!」
あの日から文乃さんと僕の小さな病院での生活が始まった。
屋上で出会った文乃さんは僕との会話を「楽しい」と言ってくれた。
僕も文乃さんとの会話が癒やしだった。
今日も僕は屋上へと足を踏み入れた。
すると文乃さんは「おいで。」とジェスチャーをしてくれる。
「いらっしゃい。湊君。」
「お邪魔します?おはようございます文乃さん。」
文乃さんは屋上を「私の部屋だよ!」とでも言うかのように歓迎してくれる。
「今日はちゃんとした自己紹介をしよう!」
そういえば自己紹介はしてなかった。
お互いに名前を知っているだけで他の事は何も知らないのだ。
「僕、文乃さんの事を知りたいです!」
あ、なんてことを口走ってしまったのだろう。
「いいよ。その代わり湊君の事も教えてね!」
「は、はい!」
僕は、早く文乃さんの事を知りたかったから、
「文乃さんから自己紹介してください。僕は、ちょっと恥ずかしいので後からします。」
うん。と文乃さんは頷いて自己紹介を始めた。
「私は原田文乃高校2年生です。趣味は読書です!よろしくお願いします!」
文乃さんは僕の一つ上だったらしい。もう少し離れているかと思っていた。
僕も続けて自己紹介を始めた。
「えっと...僕は、菊池湊です。趣味は映画を見ることです。えっと...高校1年生です。」
文乃さんは驚いた表情で僕を見て、「同い年かと思ってた!」と言って笑った。
その後も、時間が許すまで文乃さんとの会話を楽しんだ。
色々なことを知れた。
文乃さんも最近この病院に来たことや、同じ高校に通っていたこと、文乃さんの連絡先も知れた。
僕らは笑い合った。沢山、沢山。
楽しい時間は過ぎるのが早かった。
時間はもう、4時半を回っていた。
「じゃあ!時間も時間だし、そろそろ解散かな?」
「そうですね。」
文乃さんが立ち上がった時、僕は咄嗟に声をかけた。
「あ、あの!病室に帰ったあともメッセージでやり取りをしませんか?」
文乃さんはゆっくり振り返って、
「うん。いいよ!じゃあね!」
と笑顔で僕に手を振り駆け足で屋上から出ていった。
1人の屋上はやけに静かだった。
その日、病室に帰ってから文乃さんメッセージを送った。
『今日は、ありがとうございました。文乃さんの事をしれてよかったです。』
既読が付かない。
忙しいのだろうか?
1時間、2時間、消灯時間になっても文乃さん宛のメッセージに既読が付かない。
カーテンの隙間から朝日が差している。
もうそんな時間なのかと思いながら、僕は身体を起こす
まだ既読がついていなかった。
朝ご飯を食べて、朝の健康診断が終わったら、屋上に向かおうと考え、時間が過ぎるのをただ待っていた。
僕は、急いで屋上に向かうとそこにはいつもの文乃さんの姿があった。
「文乃さん!昨日何で既読つけてくれなかったんですか?」
文乃さんは気まずそうに下を向いて、
「ごめんね。昨日は色々あってそれどころじゃなかったんだ。」
何か変だった。
まだ文乃さんと出会って2日なのに僕にも分かるほど何かおかしかった。
僕が知っている文乃さんだったら
「え?!メッセージ来てたの?気付いてなかった!」
とでも言って笑顔でごまかすだろう。
今日の文乃さんは変に弱気だった。
「今日も沢山話そうね!」
と笑顔を向けた文乃さんは、確かに昨日までの文乃さんと同じだった。
今日も時間が許すまで文乃さんと僕は話し続けた。
そして、今日も文乃さんは、笑顔で
「また会おうね!湊君!」
「はい!文乃さん。」
文乃さんが屋上を出た。
今日は、その後を僕は追った。
屋上の扉を開けるとそこには誰もいなかった。
屋上の扉の先は階段になっている。
だから、すぐに追いかければ後ろ姿が見えるはずなのだ。
だけど、そこには文乃さんの姿がなかった。
僕は病室に帰ってすぐに看護師さんに質問をした。
「すみません。聞きたい事があるのですが。」
「どうしました?」と看護師さんは僕の方を向いた。
「原田文乃と言う人を知っていますか?」
この質問をした途端、看護師さんの目には涙が浮かんでいた。
「なんで彼女を知ってるのですか?彼女は湊さんがくる2日前に亡くなっているんですよ?」
「え.......?」
理解出来なかった。
僕は屋上で話していた文乃さんは誰だったんだろう。
その後、看護師さんが言った原田文乃は、
僕が毎日屋上で話していた文乃さんと性格、容姿が同じだった。
僕は居ても立ってもいられず、病室を飛び出した。
息が苦しい、呼吸がままならないでも僕は屋上へと急いだ。
扉を開けると文乃さんと話していた長椅子に一冊の本がおかれていた。
僕はその本を手に取った。
その本に涙が溢れる。
手に取らなくても、わかった。
この本は、文乃さんがいつも読んでいた本だった。
そして、来年一緒に映画に行くと約束した本だった。
本についていたブックカバーを取ると、そこには1枚の紙が入っていた。
「私は原田文乃と言います。
私はもうすぐ死にます。
だけど私は、やり残したことがあります!
運命の男の子と出会ってないんです!
でも、この手紙に気付いてくれるのは私の運命の人だと思います!
あ、でも知らないおじさんとかだったら嫌だなぁ。
でも、近いうちに会える事でしょう。
菊池湊君に。ありがとうね!気付いてくれて。」
僕は膝から崩れ落ちた。
泣いた、泣いた、高校生になっていや、人生で1番泣いた。
僕がはじめて好きになった人がもうこの世にいなかったことが辛かった。
でも、文乃さんは僕の事を知っていた。運命の人だと言ってくれた。
そのことが、とても嬉しかった。
「約束したじゃないですか!一緒に映画を見に行くって!
何で先に逝っちゃってるんですか!
僕も文乃さんと居ると楽しくて、
文乃さんと話してると自然と笑顔になれて、文乃さんの事が好きだったんで
すよ!」
その後の事は、あまり覚えていない。
看護師さんにむりやり病室に戻された事しか覚えていなかった。
文乃さんがもういない事を知ってから、僕の病気はすぐに治った。
思ったよりも、早く退院出来た。
今日、2023年4月12日
あの小説を持って、僕は映画館に足を運んだ。
「映画観に行きますよ!文乃さん。二人で。」
文乃さんと話した、あの屋上に入るように。
《完》
最初のコメントを投稿しよう!