板挟みの秋

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 食欲の秋。芸術の秋。  世の中には楽しそうな秋が、たくさんある。しかし私にとってこの秋は、大変なシーズンだった。例えるならば、「板挟みの秋」だろうか。  私、千葉智子(ちばともこ)は、50歳の小説家だ。私は月に一度、駅前のカルチャーセンターで、小説教室の先生をしている。私がこの教室を開いて、もう5年が経つ。  9月のある日。吉田公彦(よしだきみひこ)さんという男性が、私の小説教室に入学して下さった。吉田さんは普段は地元の電気屋さんに勤める会社員で、中肉中背の優しそうな男性だ。年は40代で、私より下になる。吉田さんは目を輝かせて、私に言った。 「私、千葉先生の歴史小説を読んで、先生のファンになりました。私も先生のような小説を書きたいと思って、この教室に通うことにしたんです!」  興奮する吉田さんを落ち着かせるように、私は微笑んだ。 「それは嬉しいわ。私も小説を書いた甲斐がありました。小説教室には、他の生徒さんもおられます。みなさんで楽しく交流しながら、上達を目指しましょうね」  吉田さんは薄くなった頭に手を当てると、ぺこっとお辞儀をした。   「はい。千葉先生、どうぞよろしくお願いします」  そして、週末の日曜日。私の小説教室が、カルチャーセンターで開かれた。教室には吉田さんを含めて、4人の生徒さんが参加されていた。みなさんすでに椅子に座っていて、テーブルの上にはパソコンや筆記用具が置かれている。  教室前方の教壇に立った私は、まず吉田さんのことを、他の生徒の皆さんに紹介した。皆さんも吉田さんを歓迎していて、友好的なムードが教室全体に広がった。  私は他の生徒さんにはしばらく自習をお願いして、まず吉田さんに簡単な小説の書き方を説明した。 「それじゃあ、吉田さん。まずは、起承転結から教えますね。まず起は……、それで結で終わりです。それじゃあ、起承転結を意識して、短いお話を作ってみましょうか」  吉田さんは「わかりました」と答えたものの、まだコツが掴めないらしく、かなり苦戦されていた。しかし私も長年小説教室をやっているから、こういう生徒さんの対応にも慣れている。  私は笑顔で吉田さんに言った。
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