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「この度はご迷惑をおかけしまして、申し訳ございません。今後は生徒さん一人ひとりに平等に指導できるよう、気をつけます」
すると黒川さんは、私にいつもの笑顔を浮かべた。
「いえいえ。先生が一番悩まれているのは、私も分かっていますから。なんだかごめんなさいね」
そして黒川さんは空気を変えようと、明るい口調で言った。
「私、今、万年筆で小説を書いているじゃない。だけど、最近はパソコン入力にも興味があるの。だから今度先生に、パソコンのやり方を教えてほしいわ」
私は笑顔で「分かりました。今度お教えしますね」と言って、もう一度黒川さんに頭を下げた。
帰宅した私は、コーヒーを飲みながら、ひとり考えた。これから私は、どうやって教室を運営していけばいいのだろうか。
吉田さんは、真面目に授業を受けている。そんな吉田さんを強く叱責なんてできない。しかしこのままでは、黒川さんの不満が収まらない。
スタッフの増員も考えたが、予算的に難しかった。
一体どうしたらいいんだろう、と私はため息をついた。私は吉田さんと黒川さんの間で、板挟みの状態になってしまった。
私はコーヒーを飲み終えると、気分転換にと、自宅の庭に出た。
庭には大きなイチョウの木が植えてあり、葉は鮮やかな黄色に染まっていた。紅葉したイチョウを見た私は、「きれいねえ。心が落ち着くわ」と笑った。
今の小説教室の雰囲気は、あまりよくない。けれどいつかこのイチョウのように、みんなが楽しく心安らげる場所になってほしいと、私は心から願った。
☆
そして、翌月の小説教室の日がやって来た。私はあれから必死に考えて、今日のためにあるプランを練ってきていた。
私は通路側の席に座っている吉田さんに、優しい声で言った。
「今日、吉田さんには、小説の写経をしていただこうと思います。プロの小説を書き写すことは、いいトレーニングになるんですよ。ゆっくりでいいですから、やってみて下さいますか?」
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