板挟みの秋

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 すると吉田さんは一瞬顔を曇らせたが、すぐにいつもの真面目な表情に戻った。そして鞄から自分のノートパソコンを取り出して、言った。 「分かりました、先生。手書きじゃなくて、パソコン入力でも構いませんか?」  私が「もちろん」と頷くと、吉田さんはさっそく写経の準備を始めた。次に私は窓側の席に座っている黒川さんに近づいて、言った。 「お待たせしました、黒川さん。それじゃあ、パソコンのキーボード入力のやり方をお教えしますね。まずは……」  それから黒川さんは、私の話を熱心に聞きながら、目の前のパソコンを操作していた。私は、心の中で「これで黒川さんの不満もなくなったはずだ」と思った。  吉田さんには写経をしてもらうことで、物語の作り方を学んでもらう。その間に私は、黒川さんにパソコンの個別指導をする。これが今日の、私のプランだった。  もちろん吉田さんも写経だけでは物足りないだろうから、授業の終わりに富田さんと話す時間を作る。それで十分、フォローできるはずだ。  私がそんなことを考えていると、通路の方から「ズドドドドドドドドド!!!」という大きな音が聞こえた。  驚いた私が音の方を振り向くと、吉田さんがすごいスピードでパソコンのキーボードを叩いていた。先ほど聞こえた音は、吉田さんのタイピング音だったのだ。  私があっけにとられていると、吉田さんはこちらを向いて笑った。 「あ、先生。さっき言われた写経、もう終わりました。写経中にいくつか気になったところがあったので、よければ教えてもらえませんか?」  私は吉田さんのパソコンを指さして、震える声で尋ねた。 「よ、吉田さん、すごいですね。そんなスピードで入力できるなんて、もう神業ですよ」  すると吉田さんは頭に手をあてて、うれし恥ずかしそうに言った。 「私、家電量販店に勤めているので、パソコンの扱いには慣れているんです。もしよかったら、今度みなさんにおすすめのパソコンをご紹介しますよ」  すると私の隣にいた黒川さんが、立ち上がって叫んだ。 「なんですか、今の騒がしい音は! これじゃ全然、集中できないじゃない。吉田さん、これ以上教室の輪を乱すのは、やめていただけますか?」  黒川さんの叫び声に、談笑していた他の生徒さんたちも、一気に静まり返った。いつも温厚な吉田さんも、この時ばかりは立ち上がって、黒川さんを睨みつけた。
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