深浅

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深浅

「海でも見に行かないか?」 エアコンの効いた部屋で、遅めの朝食を食べながら、唐突に青島が言った。 未来(みき)は青島の顔を見てから、窓の外に目をやった。 まだ午前中だというのに、その眩しさに、思わず目を細めて顔をしかめた。 「もの凄く暑そう…。」 「嫌か?」 食べる手を止めることなく、青島が聞く。 「いえ。ただ、珍しいなと思って。」 「別に海じゃなくてもいい。ドライブでもと思っただけだ。」 そうして出掛けることになったのだが、助手席に座る未来の足下には、旅行ガイドが何冊も入った紙袋が置かれていて、その内の一冊をさっそく広げて、見入っている。 こんなはずではなかったんだけどな、と青島は内心思いながら、一生懸命な未来の顔を見ていると、はやる気持ちでいた自分に、ブレーキを掛けられたのは良かったのかもしれないと、安堵していた。 しかし、これで仕事の話も聞きやすくなったのも事実で、何とも複雑な心境である。 「観光協会の仕事は、どうなんだ?」 青島の問いに、ガイドブックを眺めていた未来は、顔を上げた。 「ん〜、思っていたのと違っていて、初っ端からつまずいてしまいました。」 「そうなのか?」 「はい。お堅い仕事と思っていたから、私に合ってるかなと思ってたんですけど、メンバー紹介ページからダメ出しされちゃって。もう少しユーモアとか親しみやすさが欲しいって。」 思い当たる節のある青島も、あぁ、と短い相槌を返す。 「だけど、新しく発足したばかりでしょ?だから、みんなで作っていこうって気持ちが強くて。とりあえずベタだけど、好きな場所を紹介しようってことになって、そうしたら思い出話大会が始まっちゃって、楽しかったですよ。」 ふふっと笑う未来に、青島は尋ねた。 「それで、お前の好きな場所はどこなんだ?」 「私の紹介はないですよ。」 真面目に答える未来に、目配せをして青島は言う。 「俺が知りたいだけだ。」 すると未来はキョトンとした顔をしたが、それはすぐに穏やかな表情に変わった。 「今は、あの古くて愛着の湧く家と、美術館。でもこれは、(ひろし)さんにしか言えないな。表向きはどうしようかな。」 まるでひとり言のように話す、未来の『家』という答えが、青島の胸をチクリと刺す。 あえてその答えには触れずに、どうせ否定されるだろうと思いながら、話しを続けた。 「美術館には、あれから行ってないんだろう?」 少しばかり喧嘩をした日に、未来が美術館に行こうとしていたのを止めたことがあった。 そこで楽しい思い出を作ってしまうと、気持ちをリセットする場所がなくなるからと言われて、行きたくても一緒に行こうとは言えなくなった場所だ。
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