1人が本棚に入れています
本棚に追加
未来は軽く深呼吸すると、パンフレットを持つ手を下ろして、青島を見た。
「道田さんも交えて打ち合わせしたのは、最初の1日だけです。あとは観光協会の橋本さんとのやり取りがほとんどです。」
「そうか。」
とだけ青島が返事をすると同時に、そばが運ばれてきたので、何となく2人は食べ始めた。
「もし逆の立場なら、私は苦しいと思います。今は自分が大丈夫だと分かっているから、やましい気持ちはないですけど。」
「だけど、今度からちゃんと話します。」
そば屋を出るなり未来が言うと、青島は即座に返事をした。
「お前のことは信じているよ。」
お前のことはな、と心の中で念押しする。
「だいたい、その言い方だと、俺に信用ないみたいじゃないか。」
「ん〜。」
と言ったきり、未来は口を曲げて閉ざす。
「気に食わないな。まだ分からないのか?」
呆れた様子の青島を、未来は上目遣いで見ると、何か言いたげな表情で少し笑った。
「この話しは終わりです。せっかく来たんだから楽しまなきゃ。」
確かにこんなに暑苦しい中、無益な話しを続ける道理はない。
「修学旅行かな?」
マップを手にした、男女5、6人のグループの高校生が、あちらこちらで何やら調べ物をしている姿が目に入った。
「お姉ちゃん!」
喧騒の中を大きな声が聞こえて、何気なく声のした方向へ顔を向けた。
「未来お姉ちゃん。」
制服の高校生が未来をめがけて、一目散に走ってきたかと思うと、そのまま未来を抱きしめた。
「紬ちゃん⁉︎」
制汗剤と汗混じりの匂いに、未来は咳き込みそうになった。
「お姉ちゃん、どうしたの?やだ嬉しい。なかなか帰ってこないから、もうっ。」
未来より頭ひとつ高くいひょろっとした体が、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「紬ちゃん、また伸びた?」
「わかる?どこまででかくなるのこれ。高校に入ってお姉ちゃんみたいに髪伸ばしたのに、これじゃあ全然お姉ちゃんみたいになれないよ。」
「大丈夫。紬ちゃんはかわいいよ。」
「もーお姉ちゃん大好き。お姉ちゃんだけだよ、そんなこと言ってくれるの。で?どうしたの?」
未来はくすくす笑いながら、小首を傾げた。
「紬ちゃんは、修学旅行?」
「修学旅行は3年生だし、こんな近場じゃないよ。2年は宿泊研修だよ。1泊2日で今日帰るんだけどね。」
「そう。元気そうで良かった。」
目を細める未来を、はちきれんばかりの笑顔で見ていた紬の顔が、一瞬で驚きの顔に変わった。
未来が振り返ると、青島が日傘の影から顔を出すように、体を傾けた所だった。
「お姉ちゃんデート?」
えっ?と未来が答えるよりも先に、紬が頭を下げた。
最初のコメントを投稿しよう!