10人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
帰り際、外まで付き添ってくれた巫女長は、ふと思案げに呟いた。
「失礼。これは、独り言なのですが――我々は、流れ着いたものの素姓を訊くことはありません。ルシエラもそう。ここに来たときの抜け殻のような有様を思えば、いまは天と地ほども違いますが。それでも」
「…………巫女院長?」
ゆっくりと、言い聞かせるように。
つとめて冷静であろとする声は、かえって聞き逃がせなかった。馬に乗ろうと、手綱をとった姿勢のままで振り返る。
「院長殿……」
そこには、長い年月をかけてさまざまな巫女を迎え、守り、または見送ってきた女性がいた。年齢を経てもなお揺るぎない。緑豊かな大樹のように。
そんな女性が、若干の口惜しさを滲ませて視線を落としていた。
「歯がゆいものですね。そんな輩に無礼な真似を働かれたなんて。わたしや、ほかの巫女に相談してくれても良いのに。あのう、キキョウ様?」
「はい」
若い頃は、さぞうつくしかったのだろう。
理知的な薄紫の瞳がまっすぐにキキョウへと向けられる。
「お呼び止めして申し訳ありません。世俗のことはお任せいたしますわ。ミズホ様にも改めてお礼を。また、いつでもいらしてくださいね」
「……もちろんです。主神の恵みが貴女がたにありますように」
「聖エレナの御名において、あなたがたにも」
別れの定型句と礼を交わし、地を蹴ったキキョウは、すとん、と馬上のひととなった。「――――では」
手を振る巫女院長にほほえみ、会釈する。
傾き始めた西日を受けつつ、ゆるやかに馬首を巡らせた。
最初のコメントを投稿しよう!