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 帰り際、外まで付き添ってくれた巫女長は、ふと思案げに呟いた。 「失礼。これは、独り言なのですが――我々は、流れ着いたものの素姓を訊くことはありません。ルシエラもそう。ここに来たときの抜け殻のような有様(ありさま)を思えば、いまは天と地ほども違いますが。それでも」 「…………巫女院長?」  ゆっくりと、言い聞かせるように。  つとめて冷静であろとする声は、かえって聞き逃がせなかった。馬に乗ろうと、手綱をとった姿勢のままで振り返る。 「院長殿……」  そこには、長い年月をかけてさまざまな巫女を迎え、守り、または見送ってきた女性がいた。年齢を経てもなお揺るぎない。緑豊かな大樹のように。  そんな女性が、若干の口惜しさを滲ませて視線を落としていた。 「歯がゆいものですね。そんな輩に無礼な真似を働かれたなんて。わたしや、ほかの巫女に相談してくれても良いのに。あのう、キキョウ様?」 「はい」  若い頃は、さぞうつくしかったのだろう。  理知的な薄紫の瞳がまっすぐにキキョウへと向けられる。 「お呼び止めして申し訳ありません。世俗のことはお任せいたしますわ。ミズホ様にも改めてお礼を。また、いつでもいらしてくださいね」 「……もちろんです。主神の恵みが貴女がたにありますように」 「聖エレナの御名において、あなたがたにも」  別れの定型句と礼を交わし、地を蹴ったキキョウは、すとん、と馬上のひととなった。「――――では」  手を振る巫女院長にほほえみ、会釈する。  傾き始めた西日を受けつつ、ゆるやかに馬首を巡らせた。
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