10.悲しい記憶

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「どうして今は幸せなのに、それを邪魔するみたいに嫌な夢を視るんだろうな? 忌々しい」 まるで子ども時代の自分に、『ここにいるよ、無視しないで』とでも言われているみたいで嫌だ。 「今日はいい夢をみますよ」 おまじないみたいに伊万里が微笑んだ。 「だって明日は大好きな水族館に行くんですもん」 「お前、魚が好きだよな。食べるのは苦手なくせに」 「奏多先輩は絶対にペンギンが好きだと思う」 冗談だろと思ったが、初めて行った水族館は楽しくてワクワクした。プールに飛び降りるのが下手なペンギンがいて、それを伊万里みたいで可愛いと言ったらすぐさま喧嘩になった。 伊万里とはしょっちゅうくだらない喧嘩をし、すぐに仲直りをする。 「そう拗ねるな、俺はお前みたいで可愛いって言ったんだぞ」 「どうせ俺はペンギンのくせにプールに飛び込むのが下手ですよーだ」 帰りに実物大サイズのペンギンのぬいぐるみを買ってやると、奏多はずっと抱き締めているように命じられた。奏多の匂いを付けるためだ。どうやら伊万里は巣作りにそのぬいぐるみを使うらしい。 デート先で喧嘩する度にぬいぐるみを買ってやっているので、伊万里の部屋はどんどんファンシーになってきている。大きなクマの王子、ウサギの若、今回はペンギンの王様。どれもみんな奏多に因んだ名前が付けられている。 「でも、本当にあのペンギン可愛かったですね」 伊万里が怒るたび、なめらかな頬が餅のようにぷくりと膨れる。伊万里はどうも、なんでもないようなことでもよく笑う。それが本当に愛おしかった。心から彼がいいと思えた。 「先輩、今日は何が食べたいですか?」 「そうだな……」 絵本に出てきた分厚いパンケーキを思い出して、奏多は答える。 「パンケーキがいい。分厚いやつ。平べったいのじゃダメだぞ」 「奏多先輩って、本当に甘い物が好きですよね。いいですよ」 伊万里の、いかにも『愛されて育ちました』というような、性根の素直なところが好きだった。ひねくれ者の自分と違って屈託がない。 花が咲いていれば綺麗だと言い、良い演奏には感動して自然と拍手する。そういう美しい感性も演奏家に必要な才能だと思う。素朴さが却って上品に見えるものだ。 「先輩も料理をしてみればいいのに。アルファなんだからきっと上手ですよ」 「お前の料理でいい。俺がたとえ料理上手だったとしても、なんの意味もない」 「ふうん……?」
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