10.悲しい記憶

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同年代の子どもたちはみんな口を揃えて『奏多のようにはできない』と言った。 ゲームでもスポーツでも、他の子と同じように思いっきり遊んだら全部一位になってしまう。それが顰蹙を買い、父のように奏多を一緒にやるのを嫌がる。かといって手抜きして遊んでもつまらない。奏多はいつも困り果てていた。 ああ、優秀なアルファだということは、こんなにも息苦しく、淋しいことなのか。 自分は周りと違う、感覚はピアノだけ弾いていたらどんどん剥離していく。だから奏多はなんの変哲もない公立の高校に入学し、ごく普通の青春を過ごした。それが楽しかったから、今後は父に言いたい。 音楽を演奏するというのは、技術だけではないのだと。 「そんな理由で弾いていないのか?」 「ああ。おかしいかい?」 「そんなの、俺がいくらでも教えるのに——…」 しんとした静寂が訪れた。 「教える? お前が?」 「これだったら初心者用の曲だから、練習になる。まずは指を鳴らさないと……いや、楽器は自転車のようなものだから、あれだけ弾けていたのなら簡単に弾けるようになるはず」 どうしてこんなに必死になっているのだろうと思った。でも、伊万里ならこうする。こうしろと言う。だから一言要らないと言われただけで終わってしまうのに、縋るような気持ちで父に楽譜を見せた。 それは、かつて中学生の自分が用意したものだった。 「この曲は——…」 「ピアノを俺が始めたのは、父さんが教えてくれたからだ。一緒に弾けると……そう思っていた」 「お前はすぐに上手くなった。私など要らないと思っていたが……」 中学生になってからは奏多の演奏レベルも進み、より多くの時間ピアノに触れることが要求された。そうして家族で並んだあのステージに、いつの間にか一人で立つようになっていた。 「そんなことはない。上手くなる練習と、好きな人と好きな演奏をするのは、違うんだ」 いつもピアノを奏でる時は孤独だった。でももう、孤独ではない。伊万里がサックスを弾くときしかピアノは弾かない。伊万里と一緒にやる音楽は楽しい。 伊万里が褒めてくれたピアノは、もう寂しいものではなくなっていた。だからもう一度、この家で弾きたい——そう思えるようになっていた。 「……父さん。最後に、二人で弾いてみないか?」 父は、本当に長い間ピアノを弾いていなかったようだ。
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