10.悲しい記憶

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「わ、ちゃんと調律がされている。お前が手入れしていたのか?」 「ああ。ピアノも弾けるようにここで練習していたからな。実はこのピアノは、いつでも使えたんだ」 たどたどしい指先が、懐かしい旋律を結ぶ。父はさび付いていると決めつけていたのだろう。そして、それは自分も。勝手に親子関係を終わらせて、さみしいものにしてしまった。ひとしきり弾いて、父が呟いた言葉。それは、奏多を長年の呪縛から解放してくれた。 「このピアノはやっぱりこのままにしておきなさい。お前のピアノだから……また弾きに帰って来なさい」 父 とはそれ以来、しょっちゅう会うようになった。夕食に誘われ、夜遅くでも行く。まるで、話さなかった長い期間を取り戻すような感じだった。親子というよりも友人に近い関係だったのかも知れない。父は仕事の話ばかりだったが、奏多が学校の話をすると喜ぶ。 そうして父からプレゼントされたマンションの一室は、広すぎた。だから恋人の伊万里が高校を卒業するタイミングで、同棲を持ちかけたのだった。
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