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「おい、なんで俺がいるのに巣に帰るんだ」
「……先輩が冷たいから」
「冷たくしてない。お前の好物を買ってきたのに——…」
「! この匂いは……あれ、なんだろ? わかんない」
ギュッと伊万里を後ろから抱き締めたまま、その黒髪に顔を埋めた。いい匂いだ。いつも伊万里が巣作りしたあとは、こうしてマーキングするようにしてやる。
「ふふ、奏多先輩の匂いがする」
「いいからいい子にしてろ」
今の伊万里は奏多が何を買ってきたのか気になってジタバタしていたが、どうせすぐ大人しくなる。
「俺、奏多先輩のこと好き」
伊万里の甘い匂い。眩暈がする。伊万里も同じなのだという。良い匂いのする衣類を手に入れられたときは幸せで、奏多の匂いのするシーツを洗うときは決死の覚悟なのだとか。
あまりに伊万里が洗濯を嫌がるので、リネン類を洗濯するときはしかたなく自分のシャツを差し出してやる。すると伊万里は貰ったシャツに頬擦りして、宝物を得たようにニコニコしている。どうして奏多自身を嗅ごうとしないのだろう、謎だ。
「俺も好きだ」
毎日のようにセックスしているのに、足りない。アルファとオメガだからかと思ったけれど、付き合いたての恋人はみんなこんなものらしい。恋愛ドラマや小説で見るような大きな出来事はなかったが、時間の許す限り一緒にいた。
「なあ、そろそろ噛んでもいいか?」
「今日? 今ですか?」
「そう」
伊万里が考え込んでいる。
そんな彼の服の中に手を突っ込んで、胸の突起に触れた。ふにふにと柔く摘まんで、指で弾いてやる。すぐに甘い声を漏らした。巣作りするときは大体発情期の前触れであることが多い。今回もそうだったらしい。
「俺、奏多先輩の番になるの?」
「いやなのか?」
「ううん、いつ噛んでくれるのかって、思っていたから……んっ」
ふふ、と伊万里が笑った。自分から着ていたシャツを脱いで、奏多に抱き着いてくる。
「先輩、このまま……」
甘えたような声で伊万里が言う。がぶりと唇に食いついて、そのままその輪郭を這うように舐めてやる。ふわりと伊万里の匂いが口の中に充満した。噛みたい、と思う。本当は伊万里が発情期を迎えるたびにそう考えていた。
腹の底から沸き起こる欲望は、ヒートだ。でもそれ以上の理性を以って伊万里を愛している。
「伊万里。俺と番になってもいいのか?」
「もちろんです。俺、先輩のこと好き……」
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