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恋は素晴らしい、なにもかも簡単にしてしまう。
伊万里から発散される、うねるようなエネルギーは、桜が咲いては散るように奏多の心を豊かにしてくれる。こういうのが希望なのかもしれないし、純粋に愛なのかも知れない。
「確かに、昔から若王子はすぐ何かあると、佐伯佐伯って言ってたもんな~」
「う、うるさいぞ小林」
打って変わったような質素な暮らしも、伊万里がいれば楽しい。伊万里は料理が上手だしやりくり上手で、しっかり者だ。いつでも伊万里は健やかに笑っていてくれる。それが一番の幸せという気がした。しっくりくる。
「結局親の会社に就職することにしたなんて、いい笑いものだな」
「そんなことはないだろ。若王子グループの楽器って日本中で使われているんだし、製造する側になるっていうのも楽しそうじゃないか」
「そうか?」
「それに若王子、とても丸くなった」
そう言う小林はバイト先で知り合ったオメガと結婚を前提に交際を始めたらしい。真面目で誠実な印象だった小林からそういう話を聞いたときは、微笑ましく思ったものだ。
「前のお前だったらそんな素直じゃなかったぞ。けじめもつけたみたいだし、羨ましいよ」
小林がけじめと言うのはうなじを噛んで番になったことを指しているらしい。
「けじめ?」
「違うのか? てっきり、俺は覚悟決めましたっていう証で噛んだのかと……」
「いや、噛みたいから噛んだだけだ。噛むっていうのは、そんなにおおごとなのか?」
驚いてそう言うと、小林は目を細めて笑う。
「おおごとだろ。だって、番って離れられないんだぞ。結婚するより下手したらおおごとだ」
「……そ、そうなのか」
一緒にゆったりと楽器を弾きながら毎日を過ごすのも悪くない、ただそう思っていた。最近はトランペットだけでなく、ピアノもよく弾くようになった。奏多が伴奏をして、伊万里がサックスを弾く。
「先輩、このスタジオってちょっと教室みたいじゃないですか?」
高校時代を懐かしむように伊万里が微笑む。
トランペットとサックスは相性の良い楽器だ。時々こうしてスタジオを借りて演奏していると、同じ吹奏楽部だった頃を思い出す。二人の所属するOB会ではホールを借りて定期演奏会を行っており、今二人が揃って練習する楽曲はそこに向けたものがほとんどだ。伊万里は大学の吹奏楽サークルにも所属しているので、そちらの練習に奏多が付き合うこともある。
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