261人が本棚に入れています
本棚に追加
「俺ね、奏多先輩とサックス弾くの好き。ヘタクソな曲でも、奏多先輩がピアノで伴奏してくれるとワクワクするし。まだ弾いたことのない曲、いっぱい弾きたい!」
ふたりで金を出し合ってスタジオの一室を借り、練習をしデュオを弾く。時々、録音や録画もする。伊万里は大学の吹奏楽部もあるし、奏多はOB会の集まりもあるのでふたりのやることはあまり高校時代から変わっていなかった。
「お前はずっと変わらないな」
「えっ? そうかな。俺、ちょっとずつ上手にはなっていると思うんですけど……」
ヘトヘトになるまで楽器を弾いて、家路に帰る。反省会をしながら食事をし、同じベッドで眠る。そんな週末を過ごしていると、季節が過ぎるのはあっという間だった。
小林は結婚するとあって少しおとなびた顔をするようになっていたが、自分たちはあまり変わらない。同じ食事をし、一緒に眠った。
「伊万里、お前卒業したらどうする?」
「ええっ! まだ、俺大学入ったばっかりなのに! もう、先輩は本当にせっかちだなあ」
いつか、伊万里がサックスに飽きることもあるのかも知れない。そうなったら無理に続けることは勧めず、彼の好きにさせよう。奏多は勝手にそう決めていた。
来るかも分からない未来をただひたすらに恐れていたが、奏多の心配を他所に伊万里は変わらず楽しそうにサックスを吹いている。
「俺、実は、このままジャズバーで働きたいんです。実は今働いているところとは別の店舗ですけどオープニングスタッフの募集が定期的にあって。調理やホールの仕事になるとは思いますけど、チャンスがあったら演奏も出来るかも、って……」
「いいんじゃないか。続けろよ、サックス」
「はい。いっぱい弾きます!」
伊万里がずっと音楽を続けてくれるのなら、嬉しい。
オメガのうなじを噛んで番になることがよくアルファのけじめと言われるが、別に奏多は好きだから彼を噛んだのであって、そこまで深く考えていた訳ではない。そうなると、何が証明になるのだろうと思う。別に互いに好き合っているし、形は必要ないと伊万里なら言うのだろうが——…奏多は小林の言った言葉が気になっていた。
(伊万里はけじめとか、そういうの欲しいんだろうか)
噛むことでけじめを付けたつもりがなかったので、奏多は大いに悩んだ。
「ずっと、先輩と一緒に演奏できたらいいな」
「……それがお前の将来のビジョンなのか?」
最初のコメントを投稿しよう!