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「将来の、っていうと大袈裟ですけどね。純粋に、俺のずっとやりたいことリスト一番!」
伊万里のうなじを見ると、くっきりと自分の付けた噛み痕が残っていた。ずっと首にしていたネックガードは外され、今は楽器ケースにアクセサリーとして付けられている。
奏多は伊万里に釣られて微笑んだ。なんでも、伊万里といれば難しくならない。奏多が難しく悩んでいたことを伊万里なら一瞬で解決してしまうし、周囲の人間を笑顔にしてしまうのだ。伊万里というオメガの魅力はそういう明朗さにある。
「お前、単純でいいな」
「なっ⁈ 単純って、俺が馬鹿って言いたいんですか⁈」
伊万里は、きっとけじめなんて求めてない。
きっと純粋に自分と一緒にいたくて、傍にいるのだ。そしてなんでもしてあげたら、口角を上げて目を潤ませて喜ぶのだ。
伊万里は、オメガであると同時に、そういう可愛らしい生き物なのだ。
奏多は計画を立てた。伊万里が喜ぶことはなんだろう、なんでも喜ぶ男の子だから、今までで一番驚かせてやりたい——…そう思って指輪を買うことにした。半分以上、小林と再会した時の会話に影響を受けていたのは内緒だ。
寝ている伊万里の薬指に、指輪を嵌めてやった。
「先輩! こ、こんなのが指に付いてたんですけど⁈」
予想通り、伊万里の反応は少し遅かった。起きてから顔を洗って、朝食を作ろうというタイミングでようやく気付いたらしい。
「よかったな」
ニヤニヤしながらそう言ってやる。
「これ、先輩がくれたんですよね?」
「他に誰がいるんだよ」
「これ、なんの指輪ですか?番記念?婚約?それともちょっと早いクリスマス?」
「指輪の裏を見てみろ」
奏多は伊万里の語学力の低さを侮っていたのだ。伊万里は頓珍漢な声を上げた。
「……ええと、あいらぶもあ……? ……読めません!」
「そうだったな。お前はバカオメガだった。俺が悪い、読んでやる」
『I Love You More Then Words Can Say.』
指輪の裏に刻まれていた刻印のメッセージは、『言葉にできないくらい好き』だ。そう教えてやる。
「言葉にできないくらい好き——…俺も、奏多先輩のこと大好き!」
そう言って伊万里が抱き着いてくる。
「なんの指輪だっていい。お前は大切な番だし恋人で同居人だ。これからも永遠にそうであってくれ。愛してる」
「……俺も! ずっとずっと大好き!」
伊万里がまるで子どものように懸命にしがみついてくる。
「こんな小さなダイヤモンドで申し訳ないが。約束しよう、ずっと一緒にいるって」
抱き返したら、また愛おしそうに笑う。その笑顔が好きで、好きで、奏多は前髪を掻き分けその額に何度かキスをした。
「俺の手にはこれで十分です。先輩と違って俺の手は、これくらいだし」
そう言って伊万里が重ね合わせてきたその小さな手には、薬指に光る輝きがある。そんな透明な光を見つめながら、奏多はかなわないなと微笑みと共にその手を握り返した。
END.
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