7.鈍感オメガ

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若王子はそう言うが、相手からすれば本気なのだ。だからこそ近くにいるオメガを排除しようとしてくる、わかってないなあと伊万里は頬を膨らませた。 「俺は事故で転落して、頭を打った。それはお前も知ってるだろ、ほら、女子たちの噂話」 「入院したって話でしたね」 「ああ。自分で落ちたんだ。家の屋上から。落ちたら頭が馬鹿になるかと思って。どこからでも良かったが、自宅からなら死なない程度の高さだと思った」 「……待って! そんなことをして、先輩になんの得が——…それに、先輩はアルファじゃないですか。順風満帆だったんじゃ……」 「別に好きでアルファに生まれた訳じゃない。アルファなんてつまらないぞ」 そんなことってあるんだろうか。 誰もがアルファは希少種で、恵まれた美貌や身体能力を備え持つ。いつだって社会のカースト上位なのだ。 アルファに生まれてきたら何をしたい——…なんていうのは妄想の鉄板だったし、政治家や著名人の半数がアルファだということがその格差を顕著にさせている。 だから伊万里には、若王子がどうして「アルファなんてつまらない」なんて言い出すのかさっぱり分からないのだ。 「俺は若王子グループの息子で、母親はかの有名な女優・伊勢香穂子だ。アルファ種に生まれてきた俺はピアノが弾けて当然、教養があるのが普通。俺は、なんでも出来て当たり前なんだ。そんなの楽しいか?俺はお前を苛めているほうが楽しい」 さらっと余計なことを言われた気がする。 「それって平凡が許されないってことですか?」 「そう。そういうことだ。実際の俺は出来るからしているだけであって、勉強はそもそも嫌いだ。授業は退屈だし、体育の次の時間はだるいし寝ていたい。なんでも出来るから、大体のことはあっけなくてつまらん」 若王子はとてつもなく凄いことを言っている。でも、普通の人だ。その普通の人がアルファで、サラブレットなだけで、伊万里とおんなじ高校生だ。 「俺も! 俺も、昼休みあとの英語は寝ちゃうー」 「寝るな。お前は寝すぎだ」 若王子が笑みを含んだ声で言う。 「つまり、本当の俺を知っているのはお前だけって訳だ。自覚あるか?」 「……な、ないです」 「そうだろうな。だからあいつに目を付けられた。あいつの家は芸能事務所だが、不祥事が出てから下落して今にも倒産しそうって話だし。俺が入院している頃から弱っている俺に取り入ろうと必死だったから」
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