7.鈍感オメガ

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「そうなのかな? あの人、先輩のこと好きなだけなんじゃ……」 「俺は、そういう好きならいらないんだよ。だから飛び降りた、最悪死んでもよかった」 その声はしんとした孤独な声だ。 「あの時は本当に、それくらい生きるのがつまらなかったんだよ」 どうも伊万里の見ている若王子という人と、他の人が見ている若王子奏多は、少し違う気がする。 「でも、先輩が死ななくてよかった」 伊万里は、心の底からそう言った。 「先輩の弾く音色って、やっぱり唯一無二だと思う。迫力があるし、先輩の演奏って感じ。たぶん目隠しされても分かるかも。俺、先輩の演奏がなかったら吹奏楽始めてないし、好き!」 「……す、好き⁈」 伊万里はじっと彼のことを見つめた。くらっとするくらいの美形の持ち主は、きっと心の中に空洞があるのだろう。それを埋めようと美しい音色を奏でている、そんな気がする。 「……お、お前という奴は、本当に鈍感なんだな」 「えっ?」 伊万里は首を傾げた。ヘンな先輩、いつも若王子はおかしいけれど、時々こういう風にじっと伊万里を見つめてくる。 「なんでもない!」 でも、どうやら伊万里の鈍感さは、若王子を救ったようだった。彼は笑って、ぐしゃぐしゃと伊万里の髪を撫でる。それが、伊万里は嫌ではない。どうして嫌じゃないんだろう。 いつもお世話になっている先輩だから?  アルファだから? 伊万里にはわからなかった。 遠く、イヤホンからシャカシャカと音楽が漏れている。彼がこの清潔なベッドでいつも聴いているのがどんな曲なのか気になっていた。 「先輩、音楽は何を聴くんですか?」 そう言って勝手にイヤホンを片方奪い、勝手に自分の耳に押し込んだ。聴こえてきたのは知っているロックバンドの音色だった。 「あ! 先輩もミストルティン好きなんですか⁈俺、昔のラジオ特番でハマって!」 「こないだたまたま行った楽器屋で流れてたから、気になってダウンロードしてみた。まだこのアルバムしか聴いてない。好きなのか?」 ミストルティンというのは、今若者の間で大流行のロックバンドだ。スウェーデン人メンバー五人は定期的に動画サイトに投稿していて、そのチャンネル登録数は百八十万人越え。動画サイトでは彼らが日本のお菓子を食べてみたりする内容が上がっており、日本人ファンが多いことを意識した内容も多くバンドとしてだけでなくマルチに大人気なのだ。
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