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クラリネット破壊事件以来、伊万里は若王子との仲を噂されたり誤解されたりすることが多くなっていた。
新聞部はアルファとオメガのロマンチックな恋物語としてその事件を取り扱い、若王子は愛するオメガのために暴力行為に及んだのだということにされている。
当事者同士も和解し決着した——…というのが校内の定説だ。
「アルファとオメガだし、佐伯と王子先輩、ちょーお似合いだと思うけどな……」
「ね、王子先輩にああいう風に言えるの、佐伯くんだけだし」
ほんとうに付き合っちゃえばいいのに、と無責任に言われた。
「そんなこと言われても……」
若王子には婚約者がいる。そもそも複数人の番を作るアルファもいるから、伊万里も遊び相手としてちょっかいを出されていただけなのかも知れない。
なんて、色んな事を考えているうちに、何が正解か分からなくなって伊万里は若王子のことを避けるようになっていた。
妙に意識してしまうのは、周囲に付き合っていると思われているということを知ってしまったからだ。
「先輩は、好きな人とかいないんですか?」
若王子が部室に来た時、試しにそう聞いてみたら火が付いたように怒られた。
「な、な、な……なんだって? お前、本気で言ってるのか?」
「……へっ?」
ついでに周りの女子にあーあ、と溜息を吐かれた。
女子たちに時々「佐伯は鈍感すぎる」「人の心がない」とまで言われる始末、それなのに伊万里には何のことかさっぱりだ。
「~~ッ……⁈ 佐伯、お前、外周五周してこい! 今すぐ!」
「へっ?なんでっ!」
「くそっ、やっぱり十周にする! 早く行け!」
「うわーん、なんでですか⁈」
こういう感じでしょっちゅう走らされるので、伊万里は中学時代あれだけ不得意だったマラソンや短距離走も、そこまで悪い成績ではなくなった。
走り終えてオーボエの女子に水のペットボトルを貰う。優しいなぁ、と思っていたら全然違った。
「あのさ、佐伯くん。もうちょっと王子先輩の気持ち考えたほうがいいよ」
そんな風に怒られる。伊万里にはどういうことかさっぱり分からない。
「若王子先輩は俺のこと嫌いなんだと思うけどなー」
と言ったら、盛大に溜息を吐かれた。
「これだから男子はさー」
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