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なんて言われて、伊万里はぜえぜえと息を吐きながら座り込む。意識してしまう。
若王子がもしかしたら自分のこと嫌いじゃないのかもと思ったら、若王子のしていることが逐一気になってしまう。
お弁当を作らないとしつこくクラスまで来られてガミガミ言われるので、献上を続けた。
「今日のお弁当です」
結局、あれから伊万里はずっと若王子のお弁当を作り続けていた。卵焼きにミートボールにからあげは若王子が好むので高確率で入っている。毎日似たようなお弁当だ。
「……ご苦労。なんだこれ、人参が入ってるじゃないか!」
高校三年生にもなって、子どもみたいなこと言う人だ。
「人参のしりしりです。えっと、しりしりっていうのは、摩り下ろす時の音でー」
「そんなこと誰も聞いてない!」
「とっても美味しく出来たので、入れてみたんです。どうぞ」
「……うん、悪くない。たぶん、きっと」
「もうっ、どっちですか」
もうすぐ三年生も卒業で、こうして若王子に弁当を作ることもないのだと思うとしんみりしてしまう。
「人参ってこんな風味だったか?」
「先輩は、たぶん人参の臭みが苦手だったんじゃないのかな。人参って、調理方法でけっこう変わりますよ」
「へえ……。お前、大したものだな。俺に人参を食わせるとは……」
「ふっ、なんですかそれ!」
結局、毎日休憩時間の度に若王子と顔を合わせている。待ち合わせするでもなく、屋上に行く。そうすると若王子が待っていて、当たり前のように伊万里からお弁当箱を受け取るのだ。
部活動のとき、基本的にはもう三年生の先輩たちはいない、もちろん若王子も。
だから、伊万里が彼のことを探してはいけないような気がする。でも、不意に彼の匂いを感じてしまうのはやっぱり好きだからなのかなと思った。
若王子の花のような匂いを、オメガの本能は求めている。
じゃあ、伊万里の心はどうなのだろう。
いつだって会いにいける距離なのに、自分からは行かない。また心が赤信号だ。
迷っているうちに迎えた卒業式の日、伊万里は偶然中庭にいる若王子を見つけてしまった。下級生に囲まれていて、困った顔をしている若王子の姿は以前よりもうんと優しく見える。彼は怖い上級生だったけれど、怖がられているだけじゃなくて、きちんと慕われている。そのことが分かって伊万里の方まで嬉しくなる。
不意に、視線がかちりと噛み合った。
「……佐伯!」
「わぁっ!」
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