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いけない、見ているだけのつもりだったのに、これでは若王子に逢いに来たみたいだ。若王子はすぐさま下級生の群れを掻き分けて伊万里のところまでやってきた。
「……おい佐伯! 逃げるな!」
そのまま勢いよく首根っこを掴まれて、抵抗せずに立ち止まる。
「お前、どうして俺のこと避けるんだ? また具合が悪かったのか?」
「違うんです。ええと、うんと……」
なんと言っていいのか分からない。
「そ、そうだ! 卒業おめでとうございます」
「……全然おめでたくない。どうした佐伯、お前らしくもない。いつもの元気はどうした」
不貞腐れたように若王子が言う。
伊万里はちっとも元気になれない。自分だけがこんなモヤモヤした気持ちで、彼はまったく平気なのだと思うと不毛だ。心が拗ねてしまう。
「そうだ、これ欲しいだろ? 欲しいよな?」
「えっ、えっ、ちょっと待って、なんですかこれ?」
若王子にいきなり首根っこを掴まれたと思ったら、手のひらに何かを握り込まされた。それは制服のボタンだ。よく見れば、若王子のボタンは袖のボタンまで毟り取られている。随分みすぼらしい恰好だ。
「第二ボタンだ。お前のために隠しておいた」
「……えっと? ありがとう、ございます?」
この人は第二ボタンの意味を分かっているのだろうか。好きな人にあげるボタンだ。
「全く、今まで話したこともなかったくせに、卒業するとなったら写真撮らせてくれだの、淋しいだの……俗物的すぎないか。佐伯、お前は可愛い後輩だ。俺と話したかっただろ?」
戸惑ったまま、こくりと頷く。若王子は何も変わらない。変わったのは、伊万里の気持ちだ。
「……先輩。俺、先輩のことよく分からなくなっちゃった」
「はあ? お前、ただでさえも頭のスペックが高くないのに難しいことを考えているんじゃないだろうな。来い、話を聞いてやる」
引き摺られるようにして屋上に連れて行かれた。開放感のある屋上でいつもお弁当を食べていた。これが二人で過ごす最後の屋上かと思うと、淋しい。
「お前、なにをそんなに落ち込んでいるんだ?」
「落ち込んではいないです。ただ俺、先輩に婚約者がいるなんて知らなくて、ごめんなさい。知ってたらあんなことしなかった」
「あんなこと?」
「と、とぼけないでください!は、発情期のとき、俺たち——…。わ、忘れてくれて構いませんから!」
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