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そう言ったら、若王子にやわく両方の頬を摘ままれた。
「ハァ? お前、どうかしてるぞ。俺は校舎裏であの淫乱オメガに襲われてたんだぞ、それなのにお雨は逃げていきやがって——…どうして助けてくれなかったんだ!」
「えっ!」
あれは抱き合っていたのではなくて、抱き着かれていたのか。
伊万里はあのときの光景を思い出す。そういえば、名前を呼ばれた気がする。あの時の若王子は婚約者と話しているというのに全然嬉しそうじゃなくて、いつもの仏頂面だった。
「あの後、俺としたことが、キツいヒートは起こすし、お前の名前を呼んだって来やしないし、一歩間違えれば過ちを犯すところだったんだぞ。お前のせいだぞ、お前の!」
「ど、どうして俺のせいなんですか⁈」
若王子は黙りこくった。若王子が黙るときはだいたい照れくさくて言えない、そんなときだ。
「俺はお前の匂いがしたから、挨拶してやろうと階段を下りて行った。そしたら、お前はいなくなるし、代わりに待ち伏せしてたあいつがいて……」
その声がどんどん小声になっていく。
「そ、それは確かに俺のせいかも」
そうだったのか。愕然とする、思えば若王子はわかりやすい男だ。そんな彼が嬉しそうにしていない時点で、気付くべきだったのかも知れない。
「だろ? あいつ、時々俺に会いに来てたんだ。でも、よもやあのタイミングで……」
まさか伊万里以外のオメガに襲われるとは思わなかったのだろう。若王子はその時のことを思い出してしょんぼりしている。
「でも、婚約解消した。わざとヒートにさせて既成事実を狙うようなオメガに用はない。だから俺にはもう、婚約者はいない」
「そ、そうですか……」
だったら、今の若王子はフリーじゃないか。そんなことを考えてしまうと、伊万里は自分でおかしくなってしまった。俺、若王子先輩のことが好きなんだ。
「なんだか、申し訳ないような気がしてしまって」
「申し訳ないって? 俺の匂いをさせていることが?」
「違います。俺、ちゃんと上手く言えませんでした。先輩とどういう関係なのか」
「な、なんだ急に。俺たちは親分と子分だろ? そう言えば良かったじゃないか」
「親分と子分は保健室でえっちなことはしません!」
「ず、随分と率直だな……」
「ねえ先輩。先輩は俺のこと、どう思ってるんですか?」
「どうって、だから……子分だろ」
「ちゃんと俺の目を見て言ってください!」
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