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「は、はいっ」
「お前も俺のこそが好きなら、俺のことをどこかに匿わないか?」
「匿う? どうしてですか?」
「……毎年、俺は自分の誕生日パーティでピアノを弾かされてきた。色んな来賓が来て、名目上は俺を祝うイベントだが……俺は望んでない。今日も、あの車に乗ったら卒業パーティに連れて行かれるわけだ。でも今日はお前と過ごしたい」
「ど、そうしたんですか先輩! すっごく素直……」
伊万里は一生懸命考えた。
今から卒業パーティをするにしても、準備する時間が足りない。でも何かお祝いをしたい。
ぐるぐる考えているうちに、幕が下りるような沈黙が訪れた。
一番上の兄が高校を卒業した時、伊万里はまだ小学生だったが初めてパンケーキを焼いた。絵本に出てくるような分厚いやつだ。
お金持ちはお家でパンケーキなんて食べないかな、そこまで勝手な妄想したところで、ふと先輩も誘ったら食べるかなと思った。我ながらその考えは冴えていると思った。
「先輩! 今日、うちに来ませんか?」
「はっ? なんで」
若王子は驚いている。
「匿ってくれって言ったでしょ? ウチに行きましょう! 俺ね、兄の卒業式の日にパンケーキを焼いたことがあって」
無言のまま、じっと若王子がこちらを見た。まるで驚いた子どもような無垢な表情だ。
「あれっ……反応が鈍い?」
「お、お前の家に行くのか?本当に?」
「そ、そうですよね……」
いい考えだと思ったんだけどなぁ、伊万里がしょんぼりしていると若王子が言った。
「親御さんは?」
「いつも遅いんです。だからこの時間はいません」
「……そうか。じゃあ、邪魔する」
立ち止まって、抱き合ってキスをして。
なかなか家に辿り着かない。伊万里が小走りで逃げようとすると、若王子もそれを追いかける。まるでバカップルだった。
「俺が体調を悪くして、お前を襲いかけたことがあったよな。あれ、本当は、お前と一緒にいたかったんだ。だから、抑制剤をガブ飲みした」
「そ、そうなんですか?」
「お前、いい匂いだった。……このままじゃダメだと思って、勝手に薬の量を増やしてたんだ」
「い、今は?」
「今だっていい匂いがしてる」
「俺も先輩の匂い、分かります」
若王子の匂いはいい匂いで、花びらの薫りの中に自分がすっかり浸かってしまったような夢見心地だ。沈丁花や金木犀、そういう忘れられない脳裏に宿る薫りだ。
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