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今度はふたりでシャワーを浴びて、入浴して、足腰の覚束ない伊万里はベッドに寝かせられた。出前のピザをふたりで食べる。ほとんどを若王子が食べた。食事を終えてもまだ時刻は九時で、寝るには早い。伊万里はうっとりと微笑んだ。特別なことはなにもない。ベッドの上で貰ったばかりの楽譜を広げ、小節番号を振る。シャープやフラットにも印をつけておく。
「お前、ここ番号飛んでないか?」
「あれっ⁈ よく気付きましたね」
「極端に数が少なかったからな。まったく、凡ミスの減らない奴め」
そう言って髪をグシャグシャと撫でられた。今日の若王子は言っていることと行動があべこべで面白い。これは付き合う前からなのだが、若王子は伊万里の頬を弄るのが好きだ。ベッドにふたりで寝転びながら、好き勝手に違うことをしていた……筈なのに、気が付けば若王子はこちらのことばかり見ている。
「お前のほっぺ、ふにふにだな」
脈絡なく言われた言葉はあまりに突拍子がなかった。
「くすぐったいですよ」
そう言ったものの、彼に甘えていたい気分の伊万里は彼に身を委ねることにした。若王子の指先がそっと丁寧に伊万里の頬を撫でていく。わざと頬を膨らませた。
「あ、子ども扱いしてるんですか?」
「違う。純粋に、なんというか可愛いから触れていたくて」
若王子が歯を見せて笑い、伊万里の頬を両方の手で包み込んだ。
「お前、本当にサックスが好きなんだな。楽譜読んでるとき、俺に目もくれなくなるだろ」
「ふふ、ちゃんと先輩のことも好きですよ」
「分かってる」
今度は髪の毛だ。慈しむように髪を撫でられて、顔が真っ赤になる。恥ずかしいからやめて欲しいけれど、続けて欲しい気もする。爆発しそうだ。
「うーん、やっぱり可愛い。お前、天才だな。俺をここまで虜にするなんて……オメガはフェロモンでアルファを篭絡させるらしいけど、お前は本当にこの俺を魅了してしまった。お前ほど可愛い奴はいないぞ。誇っていい」
「……先輩」
「なんだ」
「先輩だって可愛いですよ」
「俺が?」
驚いた顔をされた。若王子は感受性が豊かで、表情もコロコロ変わる。まるで子どもみたいだ。
「だってね、先輩。俺のことそんなに好きなの、先輩だけですもん」
「……それは良かった」
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