9.新しい季節

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別に付き合っているのだから普通に誘えばいいのに、若王子はちょっとひねくれたデートの誘い方をする。自分で買ったチケットもやたら貰ったから行こうなんて言うし、伊万里が行きたいと言うのをわざわざ待つのだ。 「せんぱーい、チケット三枚とかじゃなくて良かったですね」 「なっ……、普通こういうのはペアチケットだろ」 「先輩、こういうの好きなんだ」 そう言うと、若王子は不思議そうな顔をした。 「別に、嫌いだなんて言った覚えはない」 「こう、俗物的なイメージがなくて。庶民の喜ぶようなものは、嫌なのかと……」 「お前が好きなら行ってもいい。その、お前は嬉しいだろ?」 素直に「お前の喜ぶ顔が見たい」って言えばいいのになあ、伊万里はそう思うのだが若王子にはそういう機能は搭載されていないのだ。 「先輩と行きたいです」 「じゃあ駅まで迎えに行く」 待ち合わせを決めて、若王子は少しだけ嬉しそうだった。絶対に彼が自分で行きたかったのだろうと思うけど、伊万里は口にはしない。 (先輩って、何が好きなのかよくわかんないよな~) 珍しくよく晴れた。若王子と出掛けようとすると何故か雨が降ることが多くて、二人でそれをよくネタにしていた。雨が降るのをお互いのせいだと言い、どっちが雨男かで不毛な喧嘩をしたりして。 伊万里の自宅の最寄駅で待ち合わせをし、二人でテーマパークのある駅まで向かう。 「わっ!」 ぼうっとしていると、園内を回っていた犬のキャラクターに被っていた帽子を取られてしまった。犬の着ぐるみが「僕も似合うでしょ?」とばかりに伊万里の帽子を頭に乗せて、おどけて見せる。若王子は分かりやすく不機嫌になった。 「おい、犬。俺のオメガをいじめていいのは、俺だけだぞ」 「先輩っ、ふふ、犬って……! この子、シューケットくんです」 「シューケット? あの、小さいシュークリームみたいなやつか」 若王子がそう言って帽子を奪い返して伊万里に被せている間に、今度は若王子のマフラーが盗られてしまった。 「あっ、こらっ、犬っ! 返せ!」 「すごい、二回もファンサされちゃった」 「ファンサ? これが? この犬、可愛い顔してなかなかやるな……俺の物に手を出すとは」
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