9.新しい季節

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「先輩ったらデリカシーがないんだから! もう知らないっ!」 その後、どうにかお灸を据えてやりたいと伊万里は、不機嫌さに身を任せ、トイレに行ったままの若王子を置いて景色の良い休憩所のベンチに座っていた。どうせ匂いで探し出せるだろうし、いいだろう。連絡が来ても既読にせず放置する。それだけ怒っていた。 このネックガードは十歳の誕生日に母から贈られた大切なものだ。発情期がくるまでは何度か要らないと思ったけれど、今では加護のあるお守りのようにすら感じる。 クン、と鼻に神経を集中させてみる。 遠くにいた若王子が、どんどん近づいてくるのを感じる。若王子の匂いは相変わらず、上品な花のような薫りだ。 ぽす、と何か柔らかいものが頭に触れた。 「……探したぞ、このバカオメガ」 「あ。先輩、やっときた。遅かったですね!」 やって来た若王子は、何故かクマのプラリネくんのそりゃあもう大きなぬいぐるみを抱えている。伊万里はそのちぐはぐさに首を傾げた。このテーマパークのメインキャラクターであるプラリネくんは、モコモコした姿の愛らしいクマだ。 「これ、やる」 「えっ! 奏多先輩、これを俺に……?ど、どうして?」 確かこのパークで売られている中でも一番高価なもので、数万円はする代物だ。それを、喧嘩した十分後に持ってくるあたりが若王子らしい。 一番高いものなら伊万里が喜ぶとでも思ったのだろうか。伊万里が持つと引き摺ってしまうくらいには大きいそれはフカフカで、抱き心地のよいそのぬいぐるみだ。抱き締めていると、僅かにあった不満なんて一瞬で消し飛んでしまいそうだ。 「どうしてこれを選んだんですか?」 「店に入って数人のベータの女がこいつを欲しいと彼氏に強請っていた。もしかしたらお前も欲しいかと思って……」 理由を聞いたら、伊万里はいてもたってもいられなくなってしまった。 愛情を込めてぬいぐるみごと若王子のことをぎゅうぎゅう抱き締める。 「……なッ⁈」 「先輩! 俺、ほんと先輩のそういう意味不明なところ、大好きです!」 「はっ⁈ どこが意味不明なんだよ!」 若王子は顔を真っ赤にしている。 「ううん。これ高かったでしょう?ありがとうございます」 その大きなぬいぐるみは、若王子が抱えていても十分存在感がある。若王子の容姿が元々目を引くというのもあって、大通りを歩いているだけで歓声が上がるくらい目立っていた。
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