9.新しい季節

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「……ふん、鬱陶しいな。伊万里、こい」 「わわ、待ってくださいっ」 裏通りにあるエリアにはテラス席がいくもあって、日陰になるパラソルの下に連なるようにしてテーブル席がいくつも用意されていた。 そこでそのエリア名物のベーグルを食べつつ、キャラクターのプリントが印刷されたカフェオレを飲み、二人と大きなクマは休憩をする。クマのぬいぐるみは二人の隣の席に座らされ、二人の帽子やマフラー掛けになっていた。 「ねーえ、先輩。これ付けてみませんか。良い変装になると思うんです」 「なんだ猫撫で声して。……なんだこれは」 伊万里が買ってきたのはファンシーなデザインサングラスで、さっき邂逅したシューケットくんをモチーフにした可愛らしいデザインだ。 グラスの部分はグレーの色付きで、付けてしまえば誰が誰か分からない。シューケットくんの垂れ耳の付いたカチューシャとセットで売られていて、身に付ければ完璧な変装になりそうだった。 「なんで俺だけこんな辱めを受けなきゃいけないんだ。お前も買え、お前も」 「ええっ、いいですけど……」 販売店まで歩いていると、ふと若王子が立ち止まった。チラチラとこちらを見てくる。 「なあ、その、悪かった。そのネックガード、良い仕立てだからつい……」 若王子が素直に謝るなんて。そのことに感動を覚えながら、伊万里はニッコリ笑って言った。 「首輪じゃないですからね、次首輪って言ったら——…」 伊万里は威嚇するようにウーッと唸って見せた。 「……どうなるんだ?」 「先輩のこと、嫌いになっちゃいますよ!」 その伊万里の言葉に、若王子が吹き出した。 「先輩、本当に俺のこと好きなんですか?」 「どうしてそんなこと聞く?」 「だって! 意地悪ばっかり! 普通、オメガのうなじを守るこれのことを、噛む側のアルファが首輪なんて言いませんよ。好きな人に言う台詞じゃないでしょ。ふんっ」 「まだそんなに怒っているのか?」 こくりと頷いた。 「俺は、あまり叱られたことがない。だから、お前が俺に怒るたびに新鮮だった。俺が今までどんな口を叩こうと父と母の私物をメチャクチャにしようと、なにも言われなかった」 「そんなのウチでやったら、家に入れて貰えませんよ」 「だから俺は、飛び降りたんだと思う」 若王子が過去を振り返って言う。シリアスな口調で言われるよりも、ずしんときた。
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