9.新しい季節

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「飛び降りたあとの病室と、こないだの面談室と。俺が母親に叱られたのは、記憶にある限りでは人生で二回きりだ。お前が拗ねたり怒るたびに、嬉しかったのかもな。お前みたいなやつは初めてだったから」 「……そっか。先輩は、イタズラ小僧と一緒ですね。悪い事して気を引くの」 「べ、別に気を引きたい訳じゃ——…」 「ふふ、オメガのフェロモンがアルファへの求愛行動なら、先輩の普段の悪態は俺への求愛行動ってことでしょ?」 「バカ、見くびるなよ」 休憩所まで来たところで、何気なくキスされた。 「詫びだ、詫び」 「詫びキス?」 「そう」 「へんなのっ」 ずっと、ふたりは手を繋いでいた。 あの人たちアルファとオメガじゃない、なんて指をさされることもあったけど、気にならなかった。だって本当にアルファとオメガなのだ。運命でも、そうでなくても、若王子と手を繋いでいることはとても自然なことだ。 あっという間に楽しい時間が過ぎ去ってしまった。なんだか侘しくてキュウンとゲートのキラキラとした装飾を眺めていたら、ぬいぐるみのプラリネくんをぐいぐい押し付けられた。ふわっとした感触が心地よい。 「……おい、まさか帰るのか?」 「えっ、だってもう閉園時間ですよ?」 そのままてくてく駅までの道を歩いていこうとした伊万里の手首を、若王子が掴む。 「奏多先輩?」 「お前、さっきあんなホテルに泊まってみたいって言ってたよな。部屋があるって言ったら?」 言ったけれど、本気ではない。だって高いし予約を取るのも一苦労の有名ホテルなのだ。 「で、でも家に連絡してな——…」 「俺がした。お前のご両親に許可は取ってある、なにも問題ない」 「えっ⁈ いつの間に⁈」 問題大アリだ。どうして若王子が自宅の電話番号を把握しているのだろう、しかも勝手に両親とコンタクトを取っているのか。 「嫌なのか?」 そうやって寂しそうにデカイぬいぐるみを抱き締めたまま言われたら、嫌だとは言えない。 「ううん、俺まだ奏多先輩と過ごしたかったから。帰りたくない」 「良かった、魔法の鍵が無駄になるところだった」 魔法の鍵、随分ロマンチックなことを言うのだなと感心していたら、本当にホテルの受付でゴシックなデザインの鍵を渡された。 「本当に魔法の鍵みたい!」 「お前が喜ぶと思ったんだ。お前が何を好きなのかも知らないから、同じゼミの女子に理想のデートコースを聞いた」
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