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細雨が降りしきる中、私は甲板にもたれかかっている。海の向こうには三年暮らした街並みがぼやけて見える。
本当はこのS国であなたといつまでも暮らしたかった。けれど、もうその願いはかなわない。
あなたのリュックサックには予想通りクッキー缶が入っていた。漆黒の筐体が物珍しい、駅前のお菓子屋さんのクッキー缶が。
だからわかった。あなたがクッキーを使って毒で私を殺そうとしているのだと。
そして知った。あなたはやっぱり優しい人だと。私が愛した人だと。痛みも苦しみもない殺し方を選んでくれた、それがすごくすごく嬉しかった。
あなたが習得している殺しの方法は調べてあり、あなたが使いそうな毒も把握していたから、果実水には睡眠薬のほかに解毒剤も仕込んであった。
ただ、あなたが他の方法をとった場合――たとえば銃とかナイフとか――私もまたあなたを確実に殺していたかもしれない。
ああもう、感傷的になるのも過去を引きずるのも終わりにしよう。
出国したらもう一度整形して、身分を詐称しなくては。それから住まいを探して、新たな人間関係を構築しなくては。それらの手間を思い出すとゆううつになる。ああでも、次は他人を近づけ過ぎないようにしよう。そして、二度と恋はしない。絶対に。
真っ暗な海の上を客船はゆっくりと進んでいく。生きることを選んだ私を乗せて。この先にある未来に期待するものは何一つとしてないのに。
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