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前を歩くあなたの背中はリュックサックごしでもたくましい。その筋肉の質を維持するためにあなたが費やす時間を私は微笑ましく思っていた。休日、二人で家で過ごしているときでもふらっとジムやランニングに出かけてしまうあなたのことを、私は苦笑しながらもいつも快く送り出してきた。結婚の話も自然と出ていた。
だがそれもすべてまやかしだったのだ。
出張であなたが不在のときに、私は信じあう二人にとっての禁をおかした。あなたの個室に入り、あなたの持ち物を入念に調べたのだ。そして知った。あなたがN国のスパイであることを――。
『殺害実施はX月Y日、夕方を予定する』
『場所はA山の山頂』
『遺体の回収を依頼する』
『目印は桜の大樹』
厳重にパスワードがかけられたあなたのパソコン、N国の諜報部と交わすメールの中にその文章を見つけた翌日、私はあなたから驚愕の告白を受ける。
『……君のことを愛してる。だから覚悟を決めたよ』
出張先から戻ったあなたは私を抱きしめながら耳元でささやいた。
『来週の火曜、A山に登りにいかないか。あの山の頂にある桜の木の下で君に正式にプロポーズしたいんだ。桜の舞い散る中で。君は桜が好きだから……』
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