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『あの山の頂にある桜の木の下で君に正式にプロポーズしたい』
あなたがそう言ったから、あなたは本当に私を殺すつもりなのだと知った。
*
「今日はあいにくの天気だね」
前を歩くあなたが曇天を見上げてすまなそうに言った。
「ごめん。明日はまた出張が入っていて、どうしても今日じゃないとダメで」
「ううん、いいの。こういう天気でも空気はおいしいし、楽しいもの。さ、どんどん歩きましょう」
「そうだね」
ほっとしたあなたは前を向くと登山を再開した。
今日の天気は曇りのち、雨。しかも平日の午後とくれば、登山道に私達以外の姿が見えないのも道理だ。
まさに私を殺すのにうってつけのシチュエーション。そう思ったら苦笑いがこみあげてきた。そして自然とあなたとの思い出を振り返っていた。
そう――あれはひと月前のことだった。ちょっと違う景色を見たくなって、いつものランニングコースをはずれてみたのは。
偶然入った公園で、私はベンチに座るあなたを見かけた。そして――あなたの隣にはN国のスパイが座っていた。
私は以前そのスパイをとある現場で見かけたことがあった。
私はそれまで思い込んでいた。あなたは普通の会社員だと。変則的な出張の多いエンジニアで、出張先のジムでトレーニングをするというちょっと変わった趣味はあるけれど、ごく普通の人だと。
私とあなたとの出会いも最寄り駅前のジムだった。
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