終焉

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終焉

「まさか相談が戻ったらやりたいことの話だったとはね」 「てかあの状況でそれ以外に相談することあるか?」 「さあ?」  荷造りをしながら、ニールはライラと些細な話をしている。。  この街から出ていく、ということ。ニールがあの混乱の中で抱いたささやかな夢だ。街に根付く儀式の真相を知ってしまった以上、この街で生きていくいくことはできない。街と神と儀式に殉じて生きることなど出来るわけがない。  幸いなのは、装置を再起動したおかげで駅行きの昇降装置が復活しているという事実だ。そろそろ、機関車の乗客や機関車に用がある人々の行き来が再開されていることだろう。 「まあそれはさておき、早く行かないと席取れなくなるからさっさと行こうね」 「おー」  荷物をまとめたかばんを手に、ニールは階段を降りる。  大家がそこで待っていた。彼女には事情を説明したし、両親等保護者への連絡の方も頼んである。タライ未回収の話だってした。本当に、本当に。  ニールは頭を深く下げた。 「今までお世話になりました」 「……明日槍が降らないといいけどねえ」  大家は言葉を続ける。 「冗談だよ。まあどこへ行っても達者でやりな」  頭を上げたニールの目には、カラッとした大家の笑顔が映った。 ◇  駅へと続く昇降装置は人々を運んでいく。その中に、ニールとライラもいる。  軽い荷物を持っているだけの人もいれば、重い荷物を持っている人もいる。この人は他の街に買い物だろうか、この人は旅行だろうか。ニールはぼんやりと、他の乗客たちを眺めていた。 「ほらニール早く早く」 「へいへい」  やがて、昇降装置は駅へ到着する。人々が一斉に装置から降りて機関車へと乗り込んでいく。  ニールはライラに促されるまま、すこし駆け足で機関車に乗り込んだ。  機関車にはすでに大勢の人が乗っているが、ちょうど出入り口に近い窓際の席が空いている。向かい合って座れる席だ。ここがよくない? というライラの意見に同意し、ニールはその席に腰を下ろした。向かい側にライラが座るのを確認した後、ニールは窓越しに街を見る。  街は大神官が死に神が去った、その事実が広まり混乱のさなかにあることだろう。しかし、動力装置は動いている。街の機能は止まっていない。街はこれからも歴史を紡いでいく。  これからこの街がどうしていくのか、神が再び訪れることはあるのか、儀式はどうなるのか。  そんなことは、もうニールには関係ない。向かいに座っているライラにもだ。  自分たちは頼まれごとを解決したにすぎないのだから。  そしてその果てに、自分たちは殉ずることを拒否したのだから。  汽笛の音が鳴る。しばらくして機関車は動き出した。  がたんごとん、と線路を走る音がする。ゆっくりと、街が遠ざかっていく。明かりが見えなくなっていく。街にある塔が見えなくなっていく。街自体が、見えなくなっていく――。  物語ではこういうときわりと感傷にひたるというふうに描写されているらしいが、不思議とニールにはそのような感情はなかった。名残惜しさはない。ただ、街から離れていくという事実を、感覚を感じている。 「俺疲れたから寝るわ。着いたら起こして」 「はいはい、おやすみー」  彼らを乗せて、機関車は走る。  遠くまで、遠くまで。
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