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儀式
おかしな話だが、この一九一五年のご時世でもこの街では古い因習にとらわれているようだ。
『その日』までは、自分がお世辞にも信心深い方の人間ではないからだと思っていたからこそ違和感を覚えていたのだと思っていた。が、自分にそれを告げた大人たちの表情からそもそも街自体がおかしいのだと悟ってしまった。本当におかしな話である。
ニールは自分が特に悪いことをしていたとは思っていない。そもそも心当たりなどない。しいていえば、その日が自分の十五歳の誕生日だったということだろうか。とはいえ、その日は自分以外にも十五の誕生日をむかえたこどもがいるのだが。
だからこそ強く思ってしまう。なんで俺なんだ。
一歩、階段を登る。足が重い、気も重い。
着慣れない真っ白のローブが余計に様々なものを重くしているような気がしてくる。
目の前に巨大なドームが見えた。その中で、なにか黒くて巨大なものがうごめいている。
一体何なのだろう、と思考を巡らせる前に答えはあっさりともたらされた。
――ああ、我らが神よ。
そう、教会の者たちが言ったのだ。
◇
唐突に教会の人間が現れ、強引に連れて行かれた。何日前だったかは覚えていない。覚えているのは、その日の授業の内容が難しかったことくらいだ。
ニールが連れて行かれた先は、教会の地下だった。具体的にはそこにある牢屋。白いローブに着替えさせられ、牢屋の中に放り込まれる。その際に、神官からは「その日までは食事抜きである」という旨を告げられた。その日っていつだよ、そう問おうとしたが、その時既に神官は立ち去っていた。
それからしばらく、ニールは牢屋の中でただ寝るだけの生活をしていた。言われたとおり食事はない。水はかろうじて出されるがそんな多い量ではない。たまに用を足すために牢屋の外へとでることがあったが、常に監視がついておりとうてい逃げられる状況ではなかった。
逃げられそうだったら逃げる気でいたが、日が経つにつれて精神も摩耗していった。
牢屋から出されたのはそんなころだった。告げられた日付は今日のもので、ニールの誕生日でもあった。それと同時に言われた言葉は――これからあなたは神の生贄となるのだという無慈悲な宣告。
ニールは嫌でも理解し、拒否権なく、神の前に連れて行かれた。
◇
そうして、現在に至る。
目の前には神、自分の周囲には神官たち。それから、神になにか言っている大神官。
神官の一人に背中を押されるように、ニールは前に出た。もう少し神に近いところまでいくといい、背後からそんな声がする。ようはそうしてそのまま元気に踊り食いされろってことかよ。そう、悪態をつく元気もない。それに、逆らったらどうなるか。
おとなしく前に出る。
ふらふらと、歩いて神の前まで。
にたりと笑う大神官から、反射的に顔を背ける。何がこんなに楽しいんだよ。人一人を犠牲にしようってのに。そうは思うが、彼らに自分の倫理観が通用するとも思わない。そして、今の状況では……どこにもすきがない。
「神よ、贄をお収めください」
そう、大神官が高らかに言ったのと同時のことだ。
ドームが内側から割られ、黒く巨大な何かが飛び出してくる。後ろから足音と、神官たちの悲鳴がする。
その黒く巨大ななにかは、尾らしき部分を振り回し、柱を折っていく。壁やガラスを割っていく。時折あがる咆哮に合わせて地面が揺れる。
ニールは慌てて安全な場所へと逃げようとしたが、再びあがった咆哮によって揺れた足元はお世辞にも平坦とはいえなかった。そのまま転び、頭を強く打ち付けた。そんな、感覚がした。
意識が飛んでいく。意識が薄れていく。その合間に、ニールは神の声を聞いた。
――導き手がいない。
――我とともに眠る魂が足りない。
そう、神が言ったのだ。
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